【重要】ジブリ「ハウルの動く城」の考察記事をアップしました!ぜひ読んで行って下さい。

ハウルの動く城【完全考察!謎の解説】宮崎駿が伝えたいメッセージ

ハウルの動く城 タイトル

今回は、スタジオジブリの名作アニメ長編映画
「ハウルの動く城」の、メッセージとテーマの考察、解釈、解説、謎解き、そして名言紹介をして行きたいと思います。

※ネタバレありです。まだ見てない方は、お気を付けください。

 

・・・この作品も、公開当時かなり話題になりましたね。
僕の世代では、「キムタク(木村拓哉)が主人公の声優やっとる!」という切り口で、話題になりました。

ハウルの動く城 ハウル ソフィー

『ハウルの動く城』(ハウルのうごくしろ)は、スタジオジブリ制作の日本の長編アニメーション映画。監督は宮崎駿。
日比谷スカラ座(現:TOHOシネマズスカラ座)を筆頭に東宝系で2004年11月20日に公開された。
イギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説『魔法使いハウルと火の悪魔』(原題:Howl’s Moving Castle)を原作とし、呪いで老婆にされた少女ソフィーと魔法使いハウルの奇妙な共同生活が、宮崎監督により「戦火の恋」を柱として脚色され描かれている。

物語前半は比較的原作に準じているが、後半は原作には無かった戦争が付け加えられるなど全く違った展開になっている。原作者のジョーンズは「ハウルの性格を変えないように」とだけ注文をつけ、映画の感想を「とても素晴らしかった」「宮崎は私が執筆したときと同じ精神で映画を作った」と語っている。スタジオジブリの宮崎駿監督の長編映画としては『魔女の宅急便』以来、15年振りとなる他者原作の作品となった。

Wikipedia参照

 

2004年に公開という事で、僕は10代だったという事になります。

・・・当時の僕は、
単純に、アニメーションのクオリティや世界観に感動していました。

そして、この映画の感想としまして、当時は
『イケメン(ハウル)が、色々あったけど、大暴れして、最終的にハッピーエンドの映画』だと思っていました。

・・・つまり僕自身、「メッセージ性」「テーマ」のようなところは、まるで意識していなかったという事です(笑)
(あと僕は当時「カルシファーの声マネ」を極め、校内で一世を風靡していました)

 

・・・しかし
いま改めて、この作品と向き合いますと、
ものすごく深く、そして価値の有るメッセージが溢れています。

 

これまで、色んな人の感想を見聞きしましたが、
皆さんがおっしゃる通り、確かに「曖昧」「意味が分からない」「設定がふわふわしている」「結末が不完全燃焼」と感じる作品です。

・・・しかし、考えてみて下さい。

 

「あの天才、宮崎駿監督が、そんな事をしますか?」と。

どこぞの三流の監督ならいざ知らず、あの宮崎駿監督が、

「設定練り込めなくて、曖昧になっちゃった!」
「製作時間が足りなくて不完全燃焼になっちゃった!」

などという、凡ミスを犯すわけがないと、僕は感じてしまいます。

 

要するに、この映画の
「曖昧」「意味が分からない」「設定のふわふわ感」「不完全燃焼感」につきましても、
宮崎駿監督の「何かしらの意図」があって、「あえてそうしている」のだと、僕は感じています。

・・・この記事では、曖昧な部分から、謎な部分まで、
そのあたりの考察や、解釈や、謎解きも、成功しました。(どや顔)

順番に謎を解いていき、出来る限り分かりやすく書いていきます。

 

後で出て来る〈目次〉を見て頂くとお分かりいただけますが、このブログ記事は

  1. 結論から入る
  2. 結論を説明するための前提知識を説明する
  3. 物語の「全体」を、考察・解釈・解説・謎解きする
  4. 物語の「部分」をそれぞれ、考察・解釈・解説・謎解きする
  5. まとめる

という流れになります。

 

長めの文章量ですが、順番に読み進めて頂くことで、ハウルの動く城の理解が深まると思います。
また長いので、一度にザーッと読むよりも、チビチビ読んで行く方が、理解しやすいと思います。

理解のための土台をじっくり積み重ね、若い人から大人の人まで、皆様と一緒に考察と解説を進めていきたいと思います。

 

・・・ハッキリ言って、この作品、
「めっちゃ難しい作品」です。
考察の難易度が高いです。

当ブログでは、これまでも『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』を考察して来ましたが、
この『ハウルの動く城』は、群を抜いて、難しい作品だと感じています。

 

また、僕の考察の前提として

  • 「魔法だから」というオチ
  • 「原作読まないと分からない」というオチ

は、出来る限り使わないようにしています。

魔法の世界の物語ですが、何かの謎を考察する時に「魔法の力があるから」と言ってしまったら、要するに「なんでも有り」という事になり、メッセージが非常に表面的になってしまうと感じるからです。

そして「原作の設定を読まないと分からない」という考察も、今回は出来る限り、無しにします。
やはり、その作品のメッセージは「その作品の中で完結するべきだ」と思うのです。
この映画を見て、この映画を深く読み解けば、メッセージが分かる。というようになっているべきだと、僕は考えています。
そして、宮崎駿監督の作品は、そのように作り上げられていると、僕は感じています。

 

専門的な前提知識。
物語中の、セリフや設定。
そして、監督の言葉などを根拠にして、論理的に、哲学的に、考察していきます。

 

もちろん、今回も「僕の主観ベース」の解釈ですので、正しいかどうかは、分かりません。
(これは結局、監督ご自身に聞かない限り、分かりません)

「僕には、ハウルの動く城がこう見える」というものを文章化し、
この素晴らしい作品の価値を、出来る限り分かりやすく、沢山の人に広めたいという思いで、記事を書いています。

皆様の「価値ある作品の深い理解」と、「人生の学び」のお手伝いを出来ましたら、幸いです!

前書きが長くなりましたが、始めさせて頂きます。

Contents

【結論的テーマ・メッセージ】

まずは、「ハウルの動く城」の、僕が解釈する〈結論的なテーマとメッセージ〉から、お伝えします。
最初にこれをお伝えして、そこからその結論に行き着くための考察を、書いていきます。

 

さて、この映画の〈結論的なテーマとメッセージ〉は

『心とは何か』

そのための要素として
『心との付き合い方・向き合い方』
『心の方向性を統一せよ』
『心にかかる制御を解き放て』

つまり
『本当の自分の心を取り戻せ』

つまり
『本心と出会う物語』

加えて
『条件愛より、無償の愛』
『心の統一のために、愛が必要だ』

という、テーマ・メッセージだと解釈しています。

 

・・・仮にもし、このテーマとメッセージの映画であり、しかも、それを表現する事に成功している映画だったら、単純に「めっちゃすごい」という事です。

  • 全ての人が持っている、心。
  • 全ての人が悩んでいるのは、心。
  • 全ての人がどうにかしたいのは、心。
  • 知りたいのは、自分の心、他者の心。
  • 心とは、何なのだろう。
  • 心が重要なのは分かるけど、その重要なものを理解する事はできていない。
  • 心と、どう付き合い、どう向き合ったらいいのだろう。
  • 自分の「本心」「本当の気持ち」が、分からない。

 

・・・「心」とは、
具体的な形が無く、とてもイメージ的で、抽象的な存在です。
これを作品のテーマやメッセージとして表現する事は、難しい事です。
しかし、誰もが持っていて、人生において誰もが理解すべき、とても重要な存在です。

・・・そして、僕の解釈ですと、
『この映画は、「心とは何か?」を表現する事に成功している』
と、感じています。

 

・・・と、いきなり言われてもサッパリだと思いますので(笑)
ここから考察と解説を始めます。

 

注意

【前提知識】の解説から入りますが、少々長いので、下記の「↓↓↓」のマークを押す事で飛ばす事が出来ます。

または目次から、読みたい場所へ飛んでください。

しかし確実に、前提知識から読み進めた方が、「ハウルの動く城」を深く理解できます。

できるだけ早く考察を読みたい方は、飛ばして読んでください。

↓↓↓【前提知識】を飛ばして読む

 

【前提知識】の解説

ハウルの動く城のテーマが「心」である理由

まずは、前提知識を固めるところから、スタートします。

前提知識を固めて土台を作ったうえで、
この映画のストーリーや、謎解きについての解釈を進めていきます。

まず、見出しにあるように『テーマが〈心〉である理由』についてです。

これにつきましては、物語の中に登場する設定や、セリフを洗い出すと、見えてきます。

〈設定〉

  • ハウルが心臓を食べるという噂がある
  • カルシファーが、ハウルの心臓である
  • ソフィーが心の持ちようによって、容姿が若くなったり老いたりする。

〈セリフ・名言〉

  • 『汝、流れ星を捕らえし者 心なき男 お前の心臓は私のものだ』
  • 『あの子はとても危険です。心を無くしたのに、力がありすぎるのです』
  • 『どうか、カルシファーが千年も生き、ハウルが心を取り戻しますように…』

・・・など、とにかくハウルの動く城には『心』を示唆する設定やセリフや表現が、たくさん登場します。

 

この記事を読み進めて頂ければ、『ハウルの動く城のテーマは心だ』と、しっかり理解する事が出来ますが、
とりあえず、今の段階では
『心がテーマの映画なのかもしれない』
くらいに思って頂ければ幸いです。

 

・・・さて、この映画の真のテーマが『心について』だとしますと、
この映画の考察・解釈・解説・謎解きを始める前に、
『心とは何か』という、「大前提となる予備知識」を知る必要があります。

難しく感じるかもしれませんが、この大前提を知らずには、いくら解説しても理解できないでしょう。

 

「はよ解説せいや」

 

と、お思いにならず(笑)
まずは、大事な大前提から埋めて参りましょう。

 

・・・あなたは「心とは何か?」を、説明できますか?

心が重要である事は、全ての人が知っている事ですが、
「心とは何か?」を、理解していて、説明する事が出来る人は、少ないはずです。

ハウルの動く城を通じて、これを学ぶことが出来ます。
これをいま学ぶことで、あなたは「自分の心との正しい付き合い方」を、知る事が出来ます。
それって、今後の人生において、大きなメリットですよ!

 

「心とは」

僕の「心」の解釈ですが、

  • 心とは、「意識の倉庫」
  • 心とは、自分自身の意識の集合体

と、解釈しています。

・・・急にそう言われると、難しく感じるかもしれませんが、実はシンプルです。

まずは、このように認識しておくと、後々「心」と言うものを理解しやすいです。

さて、心を説明するために、
「意識」と言うものを、説明する必要があります。

心とは 意識の倉庫

心とは 意識の集合体

 

意識とは

「意識」の僕の解釈ですが、

  • 意識とは、内面的な機能
  • 意識とは、内面的なシステム

と、解釈しています。

 

「意識」というキーワードを聞くと、一般的には、
「よく気が利く人」や、「志の高い人」を評価する言葉として、
『意識が高い』という表現が有りますが、これも意識を表現している言葉です。

 

また、心理学とか、カウンセリングとか、コーチングとか、自己啓発とかの分野に勉強熱心な方は、「意識」と聞くと、

「集合意識」
「顕在意識」「潜在意識」
「有意識」「無意識」
「統一意識」
「主体意識」「客体意識」

など、連想すると思います。そうです、これらも、意識です。
これらは、「意識の断層」「意識の方向性」など、大きな括りで表している言葉です。

 

また、僕に言わせてみれば、

  • 自分の「理性」も、意識(内面的なシステム)の1つであり、
  • 自分の「感情」も、意識(内面的なシステム)の1つであり、
  • 自分の「欲」も、意識(内面的なシステム)の1つであり
  • 自分の「本心」も、意識(内面的なシステム)の1つです。

※その他にも、意識は膨大な数の種類があります。

人の内面的なシステム(内面的な機能)の数だけ意識の種類がある。と言えます。

『意識=システム=機能』
『意識とは、内面的なシステム』

とりあえず、こう捉えると、
意識と言うものを、よりシンプルに、分かりやすく理解できます。

意識とは、内面的な機能

心の構成要素

要するに、「心は意識の倉庫」であり、様々な意識によって心は構成されています。
言い方を変えれば、様々な意識が、心の中に収納されています。

そして意識とは、先述した通り
「人のあらゆる内面的な機能・システム」です。

  • 自分の「理性」も、意識であり、自分の心の一部。
  • 自分の「感情」も、意識であり、自分の心の一部。
  • 自分の「欲」も、意識であり、自分の心の一部。
  • 自分の「本心」も、意識であり、自分の心の一部。

という事です。

心とは 意識の種類

 

・・・かなり大ざっぱに「心」と「意識」を説明して来ましたが、

要するに、
心とは、言ってしまえば「あなたの全部」なのです。

シンプルに、

「自分」=「自分の内面的な全ての機能の集合体」=「心」

だと、認識して頂くのが良いと思います。

 

そして、人それぞれ、
「心」という倉庫の中に入っている「意識の種類や、質や、大きさ」が、違います。

それが違っているから、みんな違った心を持っており、
みんな異なる感じ方をし、異なる考え方をし、異なる事を思い、異なる行動をします。

そして、みんな違う、独自の心を持っているからこそ、
個性や、長所や短所や、得意や不得意や、好きや嫌いが、みんな違うのです。

そして、みんな違うから、人生は面白く、
人と人が力を合わせてコミュニティを築き、同じ幸せを共有し、同じ幸せを目指し、
短所と長所を補い合う事で、価値の有る人生を生きる事が出来ます。

 

そして、大事な事は、
「自分の意識の構造が、自分の心であり、自分そのものである」
「自分の心は、自分そのものである」
「自分の心の中にあるもの(全ての意識)を、受け入れ、向き合う事である。それが本物の自分である」
「自分の心の中にあるものを、否定して、切り離して生きていても、それは本物の自分では無い」
という事です。

・・・少し難しい表現ですが、
これが、この映画「ハウルの動く城」を深く理解する上で、とても重要になってきます。

 

まとめ
心とは、意識の倉庫である。

意識とは、内面的な機能である。

その意識の集合体が、心であり、あなたである。

本心も、理性も、感情も、欲も、あらゆる内面的な機能は意識であり、心の一部分である。

どれが欠けても、健全な心は成り立たない。

どれが欠けても、本当のあなたでは無い。

 

心の方向性

さて、ここまでで「心とは何か」という前提知識を書きました。

もう一つ理解しておきたいのが『心の方向性』というキーワードです。

これを説明するために、
誰しもが共感できる「心の不調の状態」を例にあげます。

「心の不調の状態」

  • 心が不安定
  • 心が整理されていなくゴチャゴチャしている
  • 心がモヤモヤする

などと言う、心の不調の状態の経験が、誰しもあると思います。

そして、その不調が有るからこそ

  • 頼れる人に相談に乗ってもらって、心をスッキリさせたい
  • ヨガや瞑想をして、心を整理したい
  • 心の勉強をして、心のモヤモヤを解決したい

というような願望が生まれている人も、多いはずです。

・・・では、「心の不調の大きな原因」は何なのでしょうか?

それは、一言で言えば
『心の方向性が統一されていない事』です。

つまり
『心の中に収納されている意識が、バラバラの方向を目指している事』です。

難しく感じるかもしれませんが、
図にすると、これが分かりやすいです。

心とは 意識の方向性がバラバラ

図のように、心があって、心の中の意識が「みんな違うものを目指している状態」だと、
結果として、心全体の方向性が定まらず、意思が決定せず、

  • 心が不安定、スッキリしない
  • 心が整理されていない
  • 心がモヤモヤする

という、不調が起こります。

 

では、その心の不調を解決するためには、どうしたら良いでしょうか?

  • 頼れる人に相談に乗ってもらう(カウンセリング、コーチング)にしても
  • ヨガや瞑想をするにしても
  • 心の勉強をするにしても

その目的は、
『心の方向性を統一する事』
『心に収納されている意識の向きを、一つの方向性に統一する事』
です。

 

この心の方向性が統一した状態が、
『心がスッキリしていて、エネルギーが自然に湧き、本心の思いに従った健全な意思の決定が出来る状態』
と言えます。

 

方向性とは

方向性と言う言葉はあまり聞き覚えが無く「難しそうだ」感じる人が多いと思いますが、実はシンプルです。

例をあげると、分かりやすくなります。

【心の方向性が定まらず、心の中がゴチャゴチャになっている例】
例えば、恋愛的な意味で、好きな人が居たとしましょう。
心の中の根本的な意識である「本心」としては、『その人と付き合いたい!』という、方向性です。
そして、その他の心の中の意識である「欲」も、同じように『その人と付き合いたい!くっ付きたい!』という、方向性です。
しかし、「理性」も『自分とは釣り合わない高値の花だから、無理だよ』という方向性だったとします。
そして、「感情」は『勇気が出ない、やる気が出ない』という方向性だったとします。

・・・このようにして、心の中の意識の方向性がバラバラであるがゆえに、
心全体の方向性が定まらず、
本心から生まれた「好きな人と付き合う!」という思いの方向性に従って、心が機能せず、
意思を決定する事が出来ず、行動をすることが出来ず、
その期間が長いと『めっちゃモヤモヤする』という、心の不調になって行きます。

そして高い確率で、本心のその思いは、実現しなくなります。

 

「方向性」という言葉がしっくり来なければ、
「目的」という言葉に置き換えると、しっくり来ます。
これは、同じことです。

 

自分の本心から生まれた願望を実現したいという「目的」がありながら、
心の中のその他の意識が、それぞれ違う目的を持っていて、
「本当の願望の実現」という目的に進むことの足を引っ張ってしまう。
それが、心の目的が定まらず、心が整理されず、心がモヤモヤする状態です。

 

まとめ

「心の方向性が定まっている状態」=

「心の中の意識が整理されて、同じ方向(目的)で協力し合っている状態」

逆に、その方向性が定まっていないと、心が整理されず、心が不調な状態になる。

 

〈本心の方向性〉に、心を統一する

では、心を整理し、心の方向性を統一するためには、
「どの方向性」に、統一すればいいのでしょうか。

・・・それは、あなたの『本心』の方向性です。

だって、それがあなたじゃないですか。
だって、それが本当のあなたの思いじゃないですか。

心の中で、
理性が『いや、無理だよ』と言おうが、
感情が『やる気が出ない』と言おうが、
欲が『それを目指すより、もっと目先の利益が欲しい』と言おうが、
それらのネガティブな方向性に従っても、
あなた自身の本当の思い、つまり『本心からの願い』は、何も実現しません。

 

つまり、一番大事にするべき『思い』は、
『あなたの本心から生まれた思い』です。

その本心の方向性、
その本心から生まれた目的、
その本心から生まれた意思に、
理性も、感情も、欲も、統一する事なのです。

 

そして、本心の方向性に従って、
心全体が、本心の方向性に統一された時が、
「本当のあなた」です。
本当の理想を生きている、あなたです。

本心からの思いや、願望を、自分で自分の足を引っ張る事無く、
実現し続ける理想のあなたです。

 

心とは 本心の方向性に統一する

心の方向性をゴチャゴチャにする『制御』の存在を知る

ではなぜ、人の心の中は、ゴチャゴチャになってしまうのでしょうか?

『本心の思いの方向性に従って、心を構成する意識の方向性を統一して、心全体の方向性を統一すれば良い』
理想の論理はシンプルですが、現実は複雑です。
心は、ゴチャゴチャしてしまい、なかなか心の方向性は統一されません。

人の心がゴチャゴチャしてしまう原因は、何なのでしょうか?

 

その最も大きな原因は『外から入ってきた、心を制御する情報』です。

・・・人は、生まれてから今まで、沢山の事を学んでいます。
まずは、育ての親から、そして学校の先生から、
日常的には、テレビや新聞などのメディアから、
友人との雑談から。

いろんな所から、情報が入ってきて、人は学んでいます。
その情報が全て、「真実に基づく正しい事」だったのなら、
人の心は、こんなにゴチャゴチャに、こんなに複雑には成りません。

学んできた情報や、信じている情報の中に「嘘の情報」「間違った情報」「ネガティブな自分の足を引っ張る情報」があり、
それを学んでしまい、信じてしまい、自分自身の心を「制御」してしまっているのです。

 

【例】

「変わった事をせず、普通にしていなさい」
「わがまま言うんじゃありません」
「良い子にしていなさい」

という教育が、あると思います。
これは、ほとんどの人が幼い頃に言われたことがある、教育だと思います。

みんな、当たり前のようにこう教育しますが、
これらの教育は、心に制御をかける教育です。

そもそも、「普通」って、何なのでしょうか?

「普通」という情報が、多くの心に制御をかけています。

本当は「みんな違っているのが当たり前」なのに、
本当は「みんな違って、みんな良い」なのに、

社会は、「普通」の基準を定めて、「普通の基準より出来るか出来ないか」で人を評価し、
それに従うように、国民を教育します。
それによって、安定的な国の利益とか、税収を獲得しようとしています。

要は、「個性を優先しない教育システム」が、この社会に根付いています。

さらに言えば「わがまま言うんじゃありません」という事で、
「その人の本心を大事にしない教育システム」が、この社会に根付いています。

・・・そして、心には制御がかかってしまっています。

そして、〈本心の方向性〉に心を統一する事は出来ず、いつまでたっても心の中はゴチャゴチャで、本心の願望を叶える事が出来ない人が、ほとんどです。

『本心ではこうしたいけど、出来ない。諦める。』

という不幸が生まれ続けています。

心とは 制御で心はゴチャゴチャになる。

 

過去から今までに学んでしまった、間違った情報、間違った常識を取り払い、
この心にかかる制御を取り払い、
心を開放し、
心を本心の方向性に統一する事こそが、
あなたの、本当の幸せです。

 

主体と客体とは

「心に制御がかかってしまっているから、心が、本心の方向性に統一されない」という事を、説明して来ました。

・・・そして、先述した「普通にしていなきゃ」という制御にしても、「わがまま言っちゃいけない」という制御にしても、「良い子にしなきゃ」という制御にしても、共通している根本的な制御があります。

その、「心の根本的な制御」を言い表すと、

「人の心を“客体”にする制御」です。

 

【客体とは】

  • 受動的な状態
  • 受身の状態
  • 後手の状態
  • 誰かの意見を待っている状態
  • 指示待ちの状態
  • 自分の意思が無い状態

です。

そして、〈客体〉の対義語は、〈主体〉です。

【主体とは】

  • 能動的な状態
  • 自ら行動する状態
  • 先手の状態
  • 自分の意見を持っている状態
  • 指示を出す状態
  • 自分の意思が有る状態

です。

 

「指示待ち人間」という言葉が有名ですが、
これは要するに「客体の人」を表している言葉です。

  • 誰かの顔色をうかがい
  • 誰かの意見をうかがい
  • 自分の本心から生まれる意思は封印して
  • 誰かの方針に従う

こういう「自分の意思で動けない、客体の心」が出来上がってしまう情報が、この社会には溢れ返っています。

 

【例】

先ほど例に出した
「良い子にしていなさい」
という教育による制御が、分かりやすいです。

良い子=
命令を素直に聞く子=
わがままを言わない子=
自分の意思で主体的に動かない子

と、客体の心が出来上がってしまう、制御なのです。

・・・そして客体の制御がかかってしまい、
先述した「社会にあてがわれた“普通の基準”(常識)に従おうとしてしまう事」が始まり、
自分の本音や本心を塞ぎ込んで、常識に従ってしまう人が生まれてしまいます。

 

つまり、【心の根本的な制御】は、
〈客体の心を作る制御〉であり、
そこから始まり、あらゆる制御が心にかかり、
そして「自分の本心の思い」の方向性に従う事が出来ない心に、なってしまっています。

それは、不幸な事だと、僕は思います。

 

 

本心の本当の方向性とは

全ての人の「本心の思い」の形は違います。
全ての人の「本心から生まれる意思」の形は、違います。

しかし、全ての人が共通して持っている、
「本心の根本の部分」「本心の本心」は、同じです。

心とは 本心の本心

「本心の本心」とは何か?

 

・・・それは、一言で言えば『無償の愛』という事になります。

見返りありきで他者に与える『条件愛』では無く、
見返りを求めずに他者に与える『無償の愛』です。

要するに、
「相手からメリットをもらえるから愛する」のは条件愛で、
「相手をただ愛し、相手の喜びが自分の喜びに感じる」「相手にメリットを与える事自体が自分のメリットである」というのが無償の愛です。

 

・・・「無償の愛」と言うと、なんだかキレイごとのような表現になりますが、
この表現が適切だと、僕は思っています。
そして実際に、綺麗な事だと思います。

 

その「無償の愛」というものは、
全ての人の本心の中に、必ずあるシステムです。
ただ、優先順位が下がって埋もれてしまったり、分からなくなったりしているだけで、必ずあるシステムです。

 

・・・心理学の用語に「返報性」というものが有ります。

「喜ばせてくれた相手に、もっと大きな喜びをお返ししたい!」
「好きな人には、見返りを求めず、無条件に、サービスしたい!」
と自然に思う気持ちが、返報性です。
誰しも、心当たりがあると思います。

・・・この返報性は、全ての人が持っています。
そしてこの返報性は、全ての人の本心の中に、無償の愛の意識があるから生まれます。

 

要するに、
「本心の方向性の根本」には、
「無償の愛の意識」が、必ずあります。

よって、「無償の愛こそ、全ての人の根本にある本心の方向性だ」と、僕は思っています。

 

・・・つまり、心を統一するためには、
この根本的な方向性に統一する事が、必要なのです。

本心の本心は無償の愛の方向性

 

 

本心を取り戻す方法

自分の本心を取り戻し、自分の心を本心の方向性に統一するために必要な事は、

⇒まずは理性的に「本心の思いが重要だ」と完全に理解する事です。
⇒そして理性的に「本心の思いの方向性に従う」と、完全に決める事です。

理性的に、完全に理解する事が、心を完全に自由にします。
「本心から生まれる意思が重要だ」と、理性的に完全に理解し、本心に従うと理性的に完全に決める事で、本心を自由にすることが出来ます。

 

つまり、理性的に「心」「本心」を理解して、
「本心の方向性」と、「理性の方向性」が手を結び、
同じ方向を目指す事を決めることです。

そして、本心と理性が手を結んだうえで、挑戦し、行動し・・・
失敗したら、反省し、改善し・・・
という事を繰り返す事で、あなたの心を構成するあらゆる意識の方向性が磨かれて行きます。

「感情の方向性」や「欲の方向性」も、
「本心の方向性」に統一されて行きます。

そして、最終的に、「方向性の統一された心になる」という事です。
そしてその統一された心こそが、『理想をそのまま生きている、本当のあなたの心』だという事です。

 

理性を本心の方向性に統一する

 

【心の方向性の統一のために必要な事】

客体の心から、主体の心への転換。

心の構成要素である意識の方向性を、本心の方向性に統一する事。

そのために「本心の思い」に気付くこと。

そのために「本心の思い」と「理性」が、手を結び、同じ方向を目指す事。

本心と理性が手を結び、挑戦して改善し続ければ、その他の「感情」や「欲」などのその他の意識も、同じ方向に統一する事が出来る。

本心の思いの根本には「無償の愛」がある。

その方向性に、心全体を統一する事が、本当のあなたを生きるという事である。

 

 

 

前提知識のまとめ

↑↑↑ここまでで、

【ハウルの動く城を考察、解説、解釈、謎解きしていくための「前提知識」「予備知識」】を長々と書いてきました。
読んで下さりありがとうございます。

 

「・・・いやいや、この予備知識の話、ハウルの動く城と全然関係なくないですか!」

 

と、お思いになった方も多いかと思いますが(笑)
・・・実は、めっちゃ関係があるのです。

 

いやむしろ、
「ハウルの動く城」は、先ほどの「前提知識」で長々とお伝えした
「心とは何か?」を説明している映画だった。
という事なのです。

エンターテイメント性のあるアニメーション映画を通じて、
この膨大な「心とは何か」というメッセージを、宮崎駿監督は発信していたのだと、僕は感じています。

・・・なので、

前提知識を、大ざっぱにでも理解していた方が、ハウルの動く城をより深く楽しむことが出来ます。

 

 

【ハウルの動く城の〈物語全体〉の考察・解説・謎解き】

さて、大前提となる、大事な予備知識の部分の説明が終わりましたので、
次は、お待ちかねの「テーマやメッセージの考察、解釈、解説、謎解き」のパートに移ります!

これにつきましても、
「大前提となる解釈・謎解き」
という部分から、理解を積み重ねるように、解説していきたいと思います。

 

主要キャラクターの設定と役割。キャラクターの司り。

さて、ここまでで「ハウルの動く城」の、結論的テーマと、これからの考察のための予備知識の部分が終わりました。

次は、物語の《全体像》を、考察・解釈していきます。

その《全体像》を考察していくために、
『登場人物・キャラクターの設定』を、それぞれ読み解いていきます。

 

・・・この作品には個性豊かな、登場人物が出てきます。

この「登場人物」や「キャラクター設定」についての、僕の解釈ですが、

⇒「この物語の主要な登場人物は、心の中の主要な意識(内面的な機能)を、表している」

と、解釈しています。

 

・・・これでは少し分かりにくいと思いますので、
実際にキャラクターを1人1人挙げて、設定の根拠となる「名言」「セリフ」を見て行きましょう。

 

参考 ハウルの動く城wikipedia

 

ソフィ―

主人公の一人の女性です。呪いで、姿が若くなったり、年老いたりします。

ソフィー

 

【初期のソフィーの設定を表す印象的なセリフ、名言】

レティー「それでお姉ちゃん心を取られちゃったってわけ?その魔法使いがハウルだったら、お姉ちゃん心臓を食べられちゃってるよ!?」
ソフィー「大丈夫よ。ハウルは美人しか狙わないもの。」

レティー「…ねえお姉ちゃん。ほんとに一生あのお店にいるつもりなの?」
ソフィー「お父さんが大事にしてたお店だし…、あたし長女だから。」
レティー「違うの!帽子屋に本当になりたいのかってこと!」
ソフィー「そりゃあ…」
レティー「お姉ちゃん。自分のことは自分で決めなきゃダメよ!」

ソフィー「大丈夫よおばあちゃん、あなた元気そうだし、服も前より似合ってるわ。」

ソフィー「あいた!年寄りって大変ね。」

 

【初期のソフィーのキャラクター設定】

  • 自分に自信が無い
  • 基本的に冷静
  • 理屈っぽく、そして卑屈
  • 理由をつけて、受け入れ、諦めている
  • 現実に対して、受け身の姿勢

ソフィーの初期の台詞から見て分かるように、
ソフィーは、自分に自信が有りません。
そして、理屈っぽく諦めがちで、卑屈です。

そして、設定によるとソフィーは、幼い頃に実の母を亡くしており、
作中に登場する母(ファニー)は、ソフィーの実の父の再婚相手の女性だそうです。
そしてその実の父も他界し、ソフィーは父が経営していた帽子屋を継いで、淡々と働いています。

義母姉妹の、華やかで男性から人気のある妹のレティーと地味な自分を比べて、「自分は地味で美しくない」と思い込んでいます。
「私は長女だから…」常識に囚われ、理屈っぽく、卑屈に、何事もネガティブです。

その常識に囚われているソフィーを心配し、レティーは『お姉ちゃん、自分の事は自分で決めなきゃダメよ!』と指摘しています。
(ちなみに、このレティーの台詞が、この後、大きな伏線となります)

 

【注目すべきソフィーの変化と特徴】

「序盤」
理屈的な表現ばかりで、感情表現や、本心を表現する事が少ない。

「中盤」
いびつながら、本心の表現や、感情表現が出て来る。

「終盤」
素直に本心と感情を表現している。

 

【ソフィーの設定と物語の役割】

⇒ソフィーは、人の心の中の「理性」を、表しているキャラクターだと、解釈しています。

 

ソフィー(sophy)と言う、名前そのものが、これを表しています。

英語の「Sophy」という語根は、ギリシャ語のsophiaを由来としており、
「理性」「知性」「賢さ」を意味します。
Philosophyとか、そういう言葉に用いられている語根です。

「理性」というものもまた、
「心の一部」であり、
心の中の、意識の1つであり、内面的な機能の1つです。

 

つまり、主人公のソフィーは、「心の中の理性」を司るキャラクターであり、

そして初期設定は、
「理性的であるがゆえに、常識に囚われている人」
「制御された理性」
「常識により制御され、本心にフタをして、客体化された理性」
という、キャラクターを表しています。

 

制御された理性

 

 

 

ハウル

主人公の1人の男性です。イケメンです。

ハウル

【初期のハウルのキャラクター設定】

  • つかみどころがない
  • ポーカーフェイス
  • 基本的に本音を言わない、本心を露わにしない、感情をなかなか出さない
  • しかし、急に本心や、感情を表現する
  • 基本的に逃げの姿勢であり、現実に対して受け身の姿勢である。

序盤のハウルは、非常に淡々としたセリフばかりで、
本心を露わにしたり、感情表現をしたりすることがなかなかありません。
クールでかっこいいですが、人間らしさは有りません。

そして物語が進むにつれて、

  • カルシファーという悪魔に心臓(心)を捧げる事で契約を結び、強力な力を持っている事。
  • その契約が呪いとなって、ハウルもカルシファーも不自由になり、呪いを解きたがっている事。
  • 荒れ地の魔女や、サリマンから逃げるために、力を手に入れ、動く城で逃げながら生活している事。
  • 力を使い過ぎると、いつかは化け物(怪物、魔王)になってしまうという事。
  • ハウルはソフィーを出会うのを、ずっと待っていたという事。

という設定が、明らかになって行きます。

 

【注目すべきハウルの変化】

「序盤」
つかみどころがない、クールな人

「中盤」
動く城の中や、ソフィーの前では、本心や感情の表現が出て来るようになる

「終盤」
子供っぽくなる。無邪気になる。本心をそのまま素直に表現する。

 

【ハウルの設定と物語の役割】

⇒ハウルは、人の心の中の「本心」を表しているキャラクターだと、解釈しています。

 

これもまた、ハウル(howl)と言う言葉の語源を見ると、何となく分かってきます。

英語の「howl」という言葉は、
「心の底からの声」「わめき声」「腹の底から笑う」という意味を表しています。

名前の由来、物語の中でのハウルの変化、ハウルの台詞を根拠として、
ハウルは「本心」を司るキャラクターだと、解釈しています。

 

「本心」というものもまた、
「心の一部」であり、
心の中の意識の1つであり、内面的な機能の1つです。

 

ハウルは「本心」を司るキャラクターであり、そして初期設定は、
「逃げるために、戦うために、本心(自分の本当の意思)を、失った人」
「外からの支配に制御され、客体的になった本心」
というキャラクターを、表しています。

 

制御された本心

 

カルシファー

ハウルと契約し、城を動かしている火の悪魔です。

カルシファー

 

【初期のカルシファーの印象的なセリフ、名言】

カルシファー「おいら、可哀想な悪魔なんだ。契約に縛られて、ここでハウルにこき使われてるんだ!」

カルシファー「やだね。おいらは悪魔だ。だーれの指図も受けないよー。」

ハウル「それに風呂に熱いお湯を送ってくれ。」
カルシファー「えーっ、それもかよう!」

カルシファー「ソフィー!消えちゃうよ!薪をくれなきゃ死んじゃうよー!」「わ、何するんだ、あー!落ちる、落ちる!危なーい!」

 

【カルシファーのキャラクター設定】

  • 感情的
  • 怠惰
  • ビビり
  • カルシファーが死ぬと、ハウルが死ぬ
  • 動く城を、動かしているエネルギー原
  • もともと、流れ星の子であり、地上に流れ落ちて死にそうになっていたところ、ハウルと契約して生きている。
  • 現実に対して、不自由な身であり、受身にならざるを得ない

 

【注目すべきカルシファーの変化と設定】

  • ソフィーのいう事は聞く。
  • ソフィーの髪の毛を食べて、力を増大させた
  • 荒れ地の魔女に掴まれて、消えそうになった
  • ソフィーにだけ、呪いを解くことが出来た。
  • 最後、自由になる

 

【カルシファーの設定と物語の役割】

⇒カルシファーは、人の心の中の「感情」を表しているキャラクターだと、解釈しています。

 

カルシファーの名前の由来は、
「熱量・エネルギー」を表すcal(calorie)と、悪魔を表すluciferを合わせたものと推測されています。

カロリーと、ルシファーで、カルシファーです。

・・・そして人の心のエネルギーは、感情です。

キャラクター設定や、セリフや、名前の由来を根拠として、
カルシファーは「感情」を司るキャラクターであると、解釈しています。

 

「感情」とういものもまた、「心の一部」であり、
心の中の意識の1つであり、内面的な機能の1つです。

 

カルシファーは「感情」を司るキャラクターであり、
そして設定は、
「支配されている不自由な感情」
「生きるために、制御されて客体的にならざるを得なかった感情」
「自由に自分の意思で主体的に動くことが出来ない、客体的な感情」
というキャラクターを、表しています。

 

荒れ地の魔女

御馴染みの、美輪明宏さんが声優を担当されています。

50年前に悪魔と契約した事から、王宮を追放された魔女で、
力を得るために、ハウルの心臓が欲しくて、ハウルをつけ狙っています。

荒れ地の魔女2

荒れ地の魔女

 

【荒れ地の魔女を表す印象的なセリフ、名言】

荒れ地の魔女「ああ…椅子…あたしんだよ!…」

荒れ地の魔女「ハウル!ハウルが来るのかい!?欲しいよ、ハウルの心臓が欲しい…!」

 

【荒れ地の魔女のキャラクター設定】

  • 見てくれを気にする(魔法で若返っている)
  • 強欲、欲深い
  • ハウルが欲しい(ハウルの心が欲しい)

 

【注目すべき荒れ地の魔女の変化】

「序盤」
欲深い

「中盤」
サリマンに魔法の力を取り上げられ、実年齢の老婆の姿になる

「終盤」
欲深いながらも、ソフィーの言う事は聞く

 

【荒れ地の魔女の設定と物語の役割】

⇒荒れ地の魔女は、人の心の中の「欲」を表現しているキャラクターだと、解釈しています。

 

これもまた、名前の由来を読み解くと、何となく分かってきます。

「荒れ地」の対義語は「沃地(肥えた豊かな大地)」であり、
「荒れ地はどうやって生まれるか?」を考えると
「欲深く、大地から作物や栄養を取りつくす事」だと、考えられます。

キャラクター設定や、セリフや、名前の由来を根拠として、
荒れ地の魔女は、「欲」を司るキャラクターであると、解釈しています。

 

荒れ地の魔女は欲を司るキャラクターであり、
「自我から生まれる〈自分のための欲〉に、支配された心」
「自分本位の欲が原因で、他者を支配しようとし、他者の心を制御する存在」(ハウルは荒れ地の魔女からも逃げるために、心を失った)

というキャラクターを表しています。

 

サリマン

ハウルの師匠。ハウルを支配し、自分のものにしようとしています。
魔法学校の校長であり、宮廷に仕える王室付き魔法使いでもあるそうです。

ハウルの動く城 サリマン

【サリマンを表す印象的なセリフ、名言】

サリマン「 あの子はとても危険です。心を無くしたのに、力がありすぎるのです」

サリマン「このままでは、ハウルは荒地の魔女のようになってしまう」

サリマン「本当の年に戻してあげただけです。もう魔力はありません。その人も昔は、とても素晴らしい魔法使いでした。悪魔と取引をして、長い間に身も心も食い尽くされてしまったのです。今、王国はいかがわしい魔法使いや魔女を野放しにはできません」

サリマン「ハウルがここへ来て、王国のために尽くすなら、悪魔と手を切る方法を教えます。来ないなら力を奪い取ります。……その女のように」

サリマン「逃がしませんよ?」

 

【サリマンのキャラクター設定】

  • 自分のために、ハウルを支配しようとしている
  • 使用人がみんな、幼いハウルと同じ姿
  • ハウルへの強い執着
  • 星の子を使役している
  • 自分のための見返りを求める愛情(条件愛)

 

【注目すべきサリマンの変化】

「序盤」
ハウルを制御し、自分の支配下に置こうとしている。

「終盤」
ハウルを手放し、開放しようとしている。

 

【サリマンの設定と物語の役割】

⇒サリマンは、「人の心を支配・制御する存在」「制御」を表現しているキャラクターだと、解釈しています。

 

残念ながら、名前の由来を読み解くことは出来ませんでしたが、
サリマンのキャラクター設定や、セリフを根拠として、
サリマンは、「心を制御する存在」を。司るキャラクターであると、解釈しています。

 

ハウルは、自由に生きるために、サリマンの支配から逃れるために、力を手に入れるために、心を失いました。

サリマンはハウルを、最後の弟子として愛していたのは、事実だと思います。
しかし『愛して育てるから、自分の力になってね』という、自分のための愛情であり、『条件愛』だったのです。

  • 見返りを求める愛=条件愛=心を支配する
  • 見返りを求めない愛=無償の愛=心を開放する

サリマンのハウルに対する愛情と、
ソフィーのハウルに対する愛情の違い。
この対比もまた、この映画の重要なポイントになってきます。

 

その他

「ソフィー」「ハウル」「カルシファー」「荒れ地の魔女」「サリマン」
この5人が、この物語を考察する上で重要になってきます。

 

他の登場人物として、

【マルクル(ハウルの弟子)】

ハウルの動く城 マルクル

 

【カブ(隣の国の王子)】

ハウルの動く城 カブ

ハウルの動く城 カブの正体

 

【レティー(ソフィーの義理の妹)】

ハウルの動く城 レティ

 

【ヒン(サリマンの使者)】

ハウルの動く城 ヒン

など、キャラクターが居ます。それぞれ物語の重要な役割を持ったキャラクターです。

・・・そして、このそれぞれのキャラクターも、心の一部分だと思っています。
それぞれを深く考察して、メッセージ性を持たせる事も出来ますが、しかし長くなりますので、今回は割愛します。

この物語の考察のためには、ソフィー、ハウル、カルシファー、荒れ地の魔女、サリマンの、主要な5人が重要です。

 

ウンチク ~ヒンのモデル~

ちなみにヒンは、

もともとハウルの動く城を監督する予定があった、押井守監督がデザインのモデルと言われています。

宮崎駿監督と、仲が良いそうです。

ハウルの動く城 ヒン

ハウルの動く城 押井守 ヒン比較

・・・これは、かなり似ていると言って良いんじゃないでしょうか(笑)

押井守監督の作品も大好きです。

 

ハウルの動く城の、主要なキャラクターの役割のまとめ

〈主要キャラクターが司る、心の一部〉

  • ソフィ―「理性」
  • ハウル「本心」
  • カルシファー「感情」
  • 荒れ地の魔女「欲」
  • サリマン「心を制御する存在」

そして、キャラクターというか、

  • 動く城本体⇒「???」

⇒「動く城本体」もまた、何かを司っています。
これは、もったいぶって、この記事の謎解きの最後に書きます。

ハウルの動く城 心の中のキャラクターの役割

 

物語全体から読み解く、ソフィーのテーマ

さて、先述した「キャラクターが司っている心の部分」の解釈に照らし合わせながら、

この物語の中心となるキャラクターが抱えているテーマについて、解釈していきます。
まずは、ソフィーからです。

ソフィー2

先述した通り、ソフィーの性格と、ソフィーの変化を見ると分かりますが、

  • 基本的に冷静
  • 理屈っぽい
  • 理由をつけて、受け入れ、諦めている

 

  • 序盤は、理性的な表現ばかりで、本心から生まれる自分の意思を塞ぎ込み、感情表現が少ない。
  • 中盤は、いびつながら、自分の意思や、自分の感情表現が出て来る。
  • 終盤は、素直に本心から生まれる意思に従い、感情を表現している。

 

・・・物語を見ていて分かるのは、
ソフィーは「こう、あらなくては」という意思(理性)が強く、

その意思があるがゆえに、
『自分が本当にやりたい事が何なのか』
『自分はどうしたいのか?』
という事を考える事無く、亡くなった実のお父さんの帽子屋を継いで、淡々と働いています。

要するに、自分の本心から生まれる意思や、感情や、欲求を、
〈常識的によって制御された理性〉で押し殺して、自信なく、劣等感を抱き、客体的に現実を受け入れ、日々を生きています。

理屈をつけて諦めがちで、感情的に抗ったり、欲求を追い求めたりまるでしていないのが、序盤のソフィーです。

 

【伏線となるレティー(義理の妹)の台詞】

レティー「お姉ちゃん。自分のことは自分で決めなきゃダメよ!」

 

・・・このセリフが大きな伏線となり、この物語の、ソフィーのテーマを表しています。

ソフィーは、理性的で有るがゆえに、その理性に心を制御され、
その理性が心にフタをして、自分の本心から生まれる感情や欲求を優先する事が出来なくなっています。

そしてその結果として「自分の意思で、自分の道を決める事が出来ない人」になってしまっています。

つまり「自分の意思で、自分の道を決めるようになる事」こそが、物語を通じたソフィーのテーマです。

 

・・・そして、ハウルと出会い、それに嫉妬した荒れ地の魔女(欲)に、「老いる呪い」をかけられます。
そしてハウルの動く城に、老婆の姿で移り住みます。

 

そして【中盤】

ハウル(本心)と出会い、
ハウルへの愛情が芽生え、
そして、自分の本心を表現したり、自然な感情表現をしたりする事が増えてきます。

【中盤の印象的なセリフ】

ソフィー「…もう!ハウルなんか好きにすればいい!あたしなんか美しかったことなんて一度もないわ!!こんなとこ、もういやっ!」

 

そして【終盤】

ハウルへの愛を確信し、
その愛情(無償の愛)の方向性に従い、今まであった理性にかかる常識的な制御を解き放ち
自分の道を、自分で決めます。

『ハウルを愛す』『ハウルを自由にする』と、決めます。

【終盤の印象的なセリフ】

ソフィー「だってあたし、あなたを愛してるの!」

ソフィー「待ってて、あたしきっと行くから!未来で待ってて!」

 

 

【ソフィーのテーマ】

自分自身の理性にかかる制御という《フタ》を取り払い、
自分の本心、感情、欲求と向き合い、それを表現し、

「自分の道を、自分の本心の意思で決められるようになる事」
「本心で生きる事(自分に自信を持って生きる事)」
「〈常識に従う客体の心〉では無く、〈自分自身の本心に従う主体の心〉で生きる」

という事が、ソフィーのテーマです。

制御された理性

※この解釈が、後の「ソフィーの老化と若返りの謎」を考察するに当たって、重要になってきます。

 

・・・そして、このソフィーのテーマを通じたメッセージは

『常識により制御され、客体化し、本心の思いを失った理性』
『常識と言う理性にかかる制御を解き放ち、自分自身の本心に従って生きる事の重要性』

を表しています。

 

さらに言えば、

『自分の本心、自分の意思を押し殺さずには生きられない、この社会への風刺』

を、表しています。

 

 

物語全体から読み解く、ハウルのテーマ

ハウルの動く城 謎解き

  • つかみどころがない
  • 外ではポーカーフェイス
  • 基本的に本音を言わない、本心を露わにしない、感情をなかなか出さない
  • しかし、急に本音本心や、感情を表現する

【序盤】
つかみどころがない、クールな人

【中盤】
家の中や、ソフィーの前では、本音や感情を素直に表現する

【終盤(ラスト)】
急に子供っぽくなる。無邪気になる。本音をそのまま口に出す。

 

・・・序盤のハウルは、とてもクールでポーカーフェイスなキャラクターです。
「スカしている」と言っても良いほどです。
常に冷静で、落ち着きがあり、無感情です。

僕の視点だと、ハウルとソフィーは、状況は違っても、《制御がかかっている心》という意味で、同じ状態です。

 

ハウルは、荒れ地の魔女や、サリマンという《外からの制御》から逃げるために、動く城に乗って、移動し続ける生活をしています。
そしてハウルは、カルシファーとの契約によって、ハウルの心臓、つまりハウルの心をカルシファーに預けています。

 

【ハウルに心が無い事を表すセリフ】

ハウル『汝、流れ星を捕らえし者 心なき男 お前の心臓は私のものだ』

 

・・・この中学二年生男子(当時の僕)が大喜びしそうな魔法の詠唱が、
ハウルに心が無いという事を表しています。

・・・つまりハウルは、自由に生きるために、支配から逃れるために、心が自分のものでは無くなり、本心(本当の自分の思い)に制御がかかり、主体の心では無く、客体の心になってしまっている状態です。

 

それによって、序盤のハウルは、
感情表現が無い。
本音をなかなか口に出さない。
本心で生きない。
という、キャラクター設定になっています。

制御された本心

初期のハウルは、
『自由に生きるために、〈ありのままの本心の自分で生きる〉という〈本当の自由〉を捨てている』
という、矛盾を抱えています。

【印象的なセリフ】

ソフィー「ハウルって一体いくつ名前があるの?」
ハウル 「自由に生きるのに要るだけ。」

 

・・・千と千尋の神隠しの考察でも考察しましたが、
『名前とは、自分自身の生まれて来た意味』を表します。

千と千尋の神隠し【謎解き・解釈】~宮崎駿が伝えたかった事~

その「名前」が複数ある状態と言うのは、
ここでは「本当の自分を生きていない」という事を、表しています。

 

サリマン(他者からの制御)や荒れ地の魔女(他者の欲による制御)から逃げるために
そして、流れ落ちて来たカルシファーを助けるために、
ハウルは、カルシファーと契約を結び、心を失いました。

そして、その悪魔との契約によって、力を手に入れました。
心が無い状態、つまり無心で、ある意味「殺戮ロボット」のように、強い力を発揮して、
逃げるために、荒れ地の魔女の手下や、サリマンの手下と戦っています。

支配や制御を恐れ、逃げるために、戦っています。

ハウルの魔除けの寝室

このゴチャゴチャした寝室の装飾は、「魔除けグッズ」だそうです。

 

そして、ソフィーと出会い、ソフィーとの共同生活が始まります。

そして物語の【中盤】
動く城の中では、ハウルの本心の表現や、感情表現が豊かになってきます。

【中盤のセリフ】

ハウル「…ソフィー、風呂場の棚いじった!?見て!こんな変な色になっちゃったじゃないか!!」

ハウル「もう終わりだ……美しくなかったら生きていたって仕方がない……うっ…ううう…」

ハウル「僕は本当は臆病者なんだ。このがらくたは、全部魔女よけの呪い(まじない)なんだよ。」

 

中盤、ハウルに感情表現が出て来るようになったのは、
「動く城」の中に、ソフィーと言う〈理性〉が加わった事で、
ハウル〈本心〉と、カルシファー〈感情〉が、
協力し、うまく付き合えるようになったという事です。

 

・・・そして、ハウルはソフィーを愛している事に気付き、
恐怖の対象の制御から逃げ続けるのではなく
「愛する人を守る為に戦う」と、本心から生まれた自分の意思で、決めます。

(支配から逃げるのではなく、愛する人のために支配に打ち勝つと、決めた)
(本心の奥底に眠っていた、無償の愛に目覚めた)

【印象的なセリフ】

荒地の魔女「あら、ハウルじゃない。あなたとはゆっくり話をしたいわねえ。」
ハウル「私もです、マダム。でも今は時間がありません。」
荒地の魔女「あら~、珍しいわねえあなたが逃げないなんて。」

ソフィー「逃げましょう。戦ってはだめ!」
ハウル「何故?僕はもう十分逃げた。」
ハウル「ようやく守らなければならないものができたんだ。…君だ。」

イケメン過ぎる台詞ですね。

 

・・・そして終盤、
無心で殺戮マシーンのように戦っていたハウルは、心を失いかけ、ほぼ完全な化け物になってしまいます。

ハウル 怪物

 

ソフィーが扉の中に入り
過去の子供ハウルとカルシファーが、契約を取り付ける場面を目の当たりにします。

・・・そしてソフィーは、気付きます。

『ハウルは、自分(ソフィー)を、ずっと探して、ずっと待っていた』のだと。
『ハウルとカルシファーの呪いを解けるのは、自分だけだった』のだと。

【印象的なセリフ】

ソフィー「ハウル……。ごめんね、あたしぐずだから。ハウルはずっと待っててくれたのに…。」

ソフィー「心臓をハウルに返したら、あなたは死んじゃうの?」
カルシファー「ソフィーなら平気だよ、たぶん…おいらに水を掛けても、おいらもハウルも死ななかったから…」

 

【ハウルとカルシファーの呪いを解く方法】

ハウル(本心)と、ソフィー(理性)が出会い、
そして、互いが〈本心の方向性で生きる〉と決める事こそが、
つまり、互いが〈無償の愛の方向性で生きる〉と決める事こそが、

呪いを解く方法であり、
制御された心を解き放つ方法であり、
心のを本心の方向性に統一する方法であり、
失われた心を取り戻す方法だったのです。

 

制御され、失われた自分自身の本当の心(本心)を取り戻す事こそが、
物語を通じた、ハウルのテーマです。

 

物語全体から読み解く、カルシファーのテーマ

カルシファー

物語を通じたカルシファーのテーマは、
『支配された感情を、いかにして、解き放つか』
というテーマです。

 

【ソフィー(理性)のいう事は聞くカルシファー(感情)を表すセリフ】

マルクル「カルシファーが言うことを聞いた…」

ハウル「…カルシファー、よく言うことを聞いているね。」

カルシファー「ソフィーなら平気だよ、たぶん……おいらに水を掛けても、おいらもハウルも死ななかったから…」

これらの台詞は、カルシファーと言う『感情』が、ソフィーと言う『理性』の言う事を聞く。
という事を表現しています。

 

【ソフィー(理性)とカルシファー(感情)が同じ目的のために協力すると、力を発揮する事を表すセリフ】

カルシファー「じゃあさ、ソフィーの何かをくれるかい?」

・・・と言って、ソフィーはカルシファーに自分の髪の毛を切って与えます。

そして、ソフィー(理性)が、カルシファー(感情)と協力する事で、強力なパワーを発揮します。

カルシファー ソフィーの髪の毛 意味するところ

・・・そして、ソフィーが、ハウルを愛しているという自分の本心に目覚め、ソフィーの理性と本心の方向性が『無償の愛』いう方向に、統一されます。

そして、その正しい方向性を持った理性(ソフィー)の手によって、
カルシファーとハウルの間にかかっている呪いが解かれます。

 

つまり、カルシファーのテーマを通じたメッセージは、

『無償の愛と言う、本心の方向性に目覚めた理性によって、支配された感情は解き放たれる』

という事です。

 

物語全体から読み解く、荒れ地の魔女のテーマ

荒れ地の魔女2

物語を通じた荒れ地の魔女のテーマは、

『欲によって、自分自身が支配されている心。欲によって、他者も支配している心。
いかにして、欲が制御から解き放たれ、心の中で方向性が最適化されたか。』

という事です。

 

荒れ地の魔女(欲)と言う存在を通じて、
「欲が、本心や、感情を支配する」という事が表現されています。

【印象的なセリフ】

ハウル「面白そうな人だなーと思って、僕から近づいたんだ。それで逃げ出した。恐ろしい人だった…」

⇒荒れ地の魔女(欲)に制御されるハウル(本心)を表現しています。

カルシファーを支配する荒れ地の魔女

荒地の魔女「嫌だ、あたしんだよ!」

⇒荒れ地の魔女(欲)に制御されるカルシファー(感情)を表しています。
おい!!BBA!!というシーンですが(笑)カルシファーが老化した荒れ地の魔女に掴まれて、支配されてしまいます。

つまり『欲に、本心も感情も、支配される』という事を意味しています。

 

・・・序盤から中盤。荒れ地の魔女(欲)は、ソフィー(理性)のいう事を聞きませんでした。
・・・しかし終盤で、無償の愛という、本心から生まれた意思に目覚めたソフィーのいう事は、聞きました。

【荒れ地の魔女(欲)がソフィー(理性)の言う事を聞くようになる印象的なセリフ】

ソフィー「…おばあちゃん。」
荒地の魔女「あたしゃ知らないよ、何にも持ってないよ。」
ソフィー「お願い。おばあちゃん。」
荒地の魔女「…そんなに欲しいのかい?」
ソフィー「うん。」
荒地の魔女「仕方ないね。大事にするんだよ。」
ソフィー「うん。」
荒地の魔女「ほら。」
ソフィー「ありがとう、おばあちゃん。」

 

『無償の愛と言う、本心の方向性に目覚めた理性によって、
欲は正しい方向を向き、
欲による支配が、解き放たれた。』

・・・という事が、荒れ地の魔女のテーマを通じたメッセージだと解釈しています。

 

物語の全体を通したまとめ

ソフィーと言う〈理性〉が、「無償の愛」という「本心から生まれた思い」に目覚め
ハウルと言う〈本心〉
カルシファーと言う〈感情〉
荒れ地の魔女と言う〈欲求〉
を、「無償の愛」と言う「本心の方向性」に、統一させた。

 

・・・ソフィー(理性)は、常識的な制御がかかっていて、自信が無く、「自分には心を統一する事が出来る」という事を、自覚していなかった。

・・・心の中の意識の統一させるためには、本心の思いの方向性に従った理性が必要だった。
本心と、理性が、無償の愛と言う同じ方向性を目指す事が必要だった。

そして、それに気付いたソフィー(理性)は、
荒れ地の魔女(欲)が掴んで支配していた、カルシファー(感情)を解き放ち、
ハウル(本心)とカルシファー(感情)の間にある呪い(制御)が、解けた。

つまり、本心と理性が、同じ方向(無償の愛という目的)を向いて協力し合った。

それによって、心の中の、感情も、欲も、同じ方向性に統一されて行き、
そして、心全体の方向性が、統一されて、みんな制御から解放されて、自由になった。

という事です。

 

理性を本心の方向性に統一すると決める

心とは 本心の方向性に統一する

心とは 本心の本心は無償の愛

ハウルの動く城 キャラクターの方向性の統一

 

 

・・・そして、物語のエンディングは、『飛んでいく動く城』で、締めくくられます。

動く城が飛ぶ

このエンディングのシーンにも、大きな意味があります。
・・・その解釈も、もったいぶって、下記の〈謎解き〉の最後の部分で行います。

 

 

【ハウルの動く城の〈物語の部分的〉な考察、解説、謎解き】

この前のパートは、〈全体〉を読み解きました。
次は、〈部分〉を読み解きます。
つまりお待ちかねの〈謎解きパート〉です。

ここまでしっかり読んで下さった方にとっては、復習と補足のようなパートになります。

・・・では、謎解きを始めます。

 

ハウルは何と戦っているのか?

ハウルは羽が生えた怪鳥のような姿に成り、何かと戦っています。
さて、ハウルは何のために、何と戦っているのでしょうか?

ハウルは何と戦っているのか

 

~謎の考察と答え~

ハウルは何と戦っているのか?

⇒物語的をそのまま見れば、戦っている相手は「サリマンの手下の使い魔」や「荒れ地の魔女の手下の使い魔」や「戦場に居る使い魔」です。

⇒このブログで書いて来た考察と照らし合わせれば、「条件愛」や「利己的な欲」による、
「支配」「制御」に抗い、戦っているという事になると、考察します。

 

ハウルは「何のため」に戦っているのか?

戦争が起きている世界の物語ですが、
ハウルは「戦争のどちら側に加担しているか」という設定は有りません。

いやむしろ、「ジェンキンス」、「ペンドラゴン」と名前を変えて、
どこでもドア(仮称)を通じて、色んな国の人として生きていますので、
「どちらを勝たせるために、戦争に加わっている」という話ではないようです。
(もしかしたら、敵対しているそれぞれの国で、名前を持っているかもしれません)

・・・つまり、「戦争で勝つために戦っている」という目的ではないという事です。

 

~謎の考察と答え~

ハウルの台詞を思い出すと分かってきます。

【セリフ】
ソフィー「ハウルって一体いくつ名前があるの?」
ハウル「自由に生きるのに要るだけ。」

つまり、ハウルの目的は「自由に生きる」という事です。
そして先述したように、ハウルは「支配」や「制御」と戦っています。

・・・つまりは、
⇒「支配や制御をしようとするものに抗うため、そして逃げて自由に生きるために戦っている」というように、考察しています。

 

ハウルが戦う理由と目的の変化

【序盤~中盤の戦う意味】

先述したように、ハウルは自由に生きるために、自分を制御するものから、逃げるために戦っている。
という理由と目的で、戦っています。

⇒つまりは、「自分のための戦い」という事です。

 

【終盤の戦う意味】

ソフィーを愛し、愛するものを守るために、自分を制御するものと向き合い、立ち向かっている。
という理由と目的で、戦っています。

⇒つまりは、「他者のための戦い」という事です。

 

【ここで意味するもの】

「自分のため」という〈自己愛〉の方向性だったハウルが、
「他者のため」という他者への〈無償の愛〉の方向性に、変わったという事です。

【セリフ・名言】
ソフィー「逃げましょう。戦ってはだめ!」
ハウル「何故?僕はもう十分逃げた。
ハウル「ようやく守らなければならないものができたんだ。……君だ。

 

ハウルが名前を変える意味

【セリフ・名言】
ソフィー「ハウルって一体いくつ名前があるの?」
ハウル「自由に生きるのに要るだけ。」

先述したように、自由に生きるために、制御するものから逃げるために、名前を変えています。

過去に考察した「千と千尋の神隠し」の記事でも書きましたが、
名前とは、「その人が生まれて来た意味」を表します。

つまりは、

⇒ハウル以外の名前の時=自分自身を生きていない状態

という事です。

『本当の自分の人格を押し殺し、多重人格のように振る舞って生きないと、生きていく事が出来ないこの社会の風刺』
というように、僕は解釈しています。

 

登場する国と町

この映画では

「首都キングズベリー(ハウルがペンドラゴンとして住んでいる場所)」

「港町ポートヘイブン(ハウルがジェンキンスとして住んでいる場所」

「ソフィーの故郷がある町」

という国と町が、登場します。
(読んでいませんが、原作には他にも登場するそうです)

あと、絵としては描かれていませんが、
「隣の国」という、カブが王子をやっている国も、登場します。

 

【セリフ・名言】
カブ王子「ありがとう、ソフィー。私は隣の国の王子です。呪いで、カブ頭にされていたのです。」

 

映画の中だけでは、町と国の関係性が明確に表されていませんが、
映像に出てくる国旗のデザインから見るに、

「首都キングズベリー」「港町ポートヘイブン」「ソフィーの故郷がある町」は〈同じ国〉であると、推測します。

※港町のシーンで登場する国旗のデザインが、キングズベリーにある国旗のデザインと微妙に違いますが、まあ、そっくりですので同じ国の町であるという事だと思います。
(国旗のデザインが、黄色の地に、ピンクの線が4本だったり、3本だったり、2本だったりと、本数が違います)

 

どこの国と、どこの国が戦争していたの?

これも、推測しかできませんが、

⇒「首都キングズベリー」「港町ポートヘイブン」「ソフィーの故郷がある町」の国と、
「カブが王子をやっている国」の間の戦争なのではないかと、推測しています。

 

何でカブの呪いが解けて、戦争が終わりに向かったの?

カブ王子は、誰かに呪いをかけられて、カカシの姿にさせられていました。

ハウルの動く城 カブ

ハウルの動く城 カブの正体

・・・そして、先ほどの推測から察するに、

カブ王子の国は、キングズベリーなどがある国の、敵国だと思われます。

 

憶測でしかありませんが、

⇒『誰かがカブ王子に呪いをかけて、カブ王子を荒れ地に捨てた』
⇒『カブ王子が居なくなったから』または『カブ王子に誰かが成り代わって国を動かしているから』
という、いずれかの理由で、この戦争が始まった。

という事なのではないでしょうか。

なので、呪いが解けた本物のカブ王子が、国に帰還する事で、戦争を終結させる事が出来る(かもしれない)。
という事なのだと、推測しています。

・・・つまりは、カブ王子に呪いをかけて、『戦争を始めたい誰かが、居た』という事でしょう。

 

【セリフ・名言】

ハウル「やあ、君がカブだね!ふぅん……君にもややこしい呪いがかかってるね。我が家族はややこしい者ばかりだな。」

ハウル「…君はここにいてもらわなきゃならないな。魔力が強すぎる。」

カブ王子「ありがとう、ソフィー。私は隣の国の王子です。強力な魔力による呪いで、カブ頭にされていたのです。」

荒地の魔女「ソフィーの気持ちは分かったでしょ。あなたは国へ帰って、戦争でも止めさせなさいな。」

カブ王子「そうさせていただきます。戦争が終わりましたら、また伺いましょう。心変わりは、人の世の常と申しますから。」

 

・・・そして、ネタがもう一つ。
宮崎駿監督の、このシーンの絵コンテのメモ書きで、
『とはいえ戦はすぐには終わらない』と、書かれていたそうです。

・・・何だかギクッとする、メモ書きですね。

 

~このあたりの意味するところとメッセージ性~

このあたりの推測が正しいとして、考察するに、

  • 戦争や争いは、誰かの、自分の利益のための都合があるから始まる
  • 利己的な支配や欲が、対立を生み、争いを生む
  • そして、その都合の力は強く、正しい事をしても、なかなか争いは終わらない
  • それでも、正しい事をし続ければ、いつかは終わる

という、メッセージではないかと、思っています。

ちなみに、この「対立」というテーマは、
ジブリの「もののけ姫」に、沢山盛り込まれて、語られています。

もののけ姫 メッセージもののけ姫【謎解き・解説】宮崎駿が本当に伝えたかったメッセージ

・・・ハウルの動く城の映画公開当時は、イラク戦争もあったので、
宮崎駿監督の、その現実へのメッセージが隠されているように感じています。

 

ハウルの動く城の、扉(どこでもドア)の繋がる先

ハウルの動く城 扉の意味とメッセージ

【扉の先〈引っ越し前〉】

赤⇒「首都キングズベリー」

青⇒「港町ポートヘイブン」

緑⇒「動く城の本体が居る場所」

黒⇒「戦場」

【扉の先〈引っ越し後〉】

緑⇒「動く城の本体が居る場所」

黄色⇒「ソフィーの故郷がある町(帽子屋)」

桃色⇒「ハウルの秘密の庭」

黒⇒「戦場」

 

・・・というように、ハウルの動く城の内部の扉と、他の場所の扉が、リンクして繋がっています。

 

ハウルが「引っ越し」を決意した意味

【セリフ・名言】
ハウル「さて、今日は忙しいよ。引っ越しだ!ここにいたらすぐサリマン先生に見つかっちゃうからね。」

 

というセリフにあるように、ハウルは突然、引っ越す(扉の行き先のリンクを変える)と言い出します。

・・・これは同時に『首都キングズベリーの家』と『港町ポートヘイブン』の家を手放す事を意味します。

この理由と目的は、何なのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

【表面的な考察と答え】

⇒サリマンに見つからないようにする。
⇒支配からソフィー達を守るために引っ越す。

ハウルがペンドラゴンとして住んでいる『首都キングズベリー』
ハウルがジェンキンスとして住んでいる『港町ポートヘイブン』
この二つの場所が、既にサリマンに知られてしまっているから、皆を守るために引っ越す。

・・・というのが、ハウルが引っ越しを決した、表面的な理由です。

 

【深層的な考察と答え】

⇒ハウルが、ハウルとして生きる事を決意する。

先述したように、
引っ越す=「ペンドラゴン」と「ジェンキンス」というハウルの別名を手放す。
という事を意味しています。

先ほどの考察にあったように、
ハウルは、自由に生きるために、支配から逃げるために、名前を複数持って生きていました。
そしてその結果として、自分自身の本心で生きる事無く、多重人格のように、生きていました。

・・・そうだったはずなのに、「ペンドラゴン」と「ジェンキンス」という名前を手放したという事は、

「ハウルが、ハウルとして生きる事を決意した」
「別の人格では無く、本心で生きると決意した」
という事です。

・・・そして、ハウルをそうさせたのは、「ソフィーを愛しているから」「ソフィーを守るために」という事です。

つまり、自由に生きるために、自分のために名前を変えて逃げたり戦ったりするのではなく、
愛する人(ソフィー)を守るために、ハウルが、本心から生まれた自分の意思で、別名を捨てる事を決意した。
という事です。

 

この引っ越しと言いうシーンで、
「自己愛」から、「他者への無償の愛」への変化を、意味しています。

これが、ハウルが引っ越しを決意した、深層的な理由です。

 

ハウルの動く城の中の『黒色の扉』は、どこに繋がっているのか?

先ほどは『黒の扉は戦場に繋がる』と書きました。

確かに、黒の扉から、ハウルが戦場から帰って来ます。

 

・・・そして、終盤の

『ソフィーが崩れ落ちた城の扉に入り、幼いハウルがカルシファーと契約を結んだ時の、過去を見るシーン』の、
扉のドアノブの色もまた『黒色』を示しています。
(チェックしてみて下さい)

 

・・・つまり、
黒色の扉は『戦場』にもつながり、
『ハウルの過去の記憶』にもつながって居るという事です。

黒色の扉は、要するに、どこにリンクしているのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

⇒『黒色の扉は、ハウルの心の奥底、ハウルの深層心理、つまり《ハウルの本心》に繋がっている』

と、僕は解釈しています。

 

支配から逃げるために、力を手に入れるために、カルシファーに心を捧げて、心を失ったハウル。
この記事の解釈では、ハウルは「本心を表現しているキャラクター」であり、
「制御されている本心が、いかにして解放されるか」という事が、テーマのキャラクターです。

そして、黒い扉は「戦場」や「ハウルの過去の記憶」と繋がっています。

 

~「戦場」は何を意味するか~

これまでの考察を総合して、

⇒「本心と、支配や制御の、葛藤」

を意味していると、考えています。

 

「自由に生きたい」というハウルの本心と、それを許さない、ハウルにかかる支配と制御。
これの葛藤、つまり争いが「戦場」を表しているのではないかと、考察します。

そして、「自由に生きたい」という「自分のため」という方向性で、
本心が、本心にかかる支配や制御と戦っても、その争いは解決されない。そして自由になれない。
という事を、この物語を通じて表現していました。

そして、物語が進んで行き、ソフィーという「他者への無償の愛」の方向性にハウルが目覚めた事によって、
ハウルの本心にかかる支配や制御(呪い)が、解けるという展開になって行きます。

 

~「ハウルの過去の記憶」に繋がっている意味~

⇒黒の扉が、ハウルの過去の記憶と繋がっているわけですから、
⇒黒い扉は、ハウルの心の奥底、深層心理、つまり本心に繋がっている。

というように、解釈しています。

だから、黒の扉は、「戦場」にも「ハウルの過去の記憶」にも、繋がっていたのです。

 

ハウルがソフィーに渡した「指輪」は何なのか?

ソフィーがハウルの母としてサリマンに会いに行く時に、ハウルがソフィーに渡した指輪が有ります。

【セリフ・名言】
ハウル「お守り。無事に行って帰れるように。」

そして、サリマンのいる王宮から脱出するときに、ハウルはソフィーにこう言います。

ハウル「僕が相手をする。ソフィーはこのまま荒地の城まで飛ぶんだ。」
ソフィー「えー?そんなの無理よ!」
ハウル「大丈夫、方向は指輪が教えてくれる。カルシファーを心の中で呼ぶんだ。」

ハウルの動く城 指輪の意味と謎

・・・この指輪は、何を意味しているのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

ここはシンプルに、

⇒『〈心の中で意識した相手と指輪が、光で繋がる〉という力を持った指輪』

だと、解釈しましょう。

 

だから、ソフィーがカルシファーを思えば、カルシファーがいる動く城までの道を、指輪が光で示した。
だから、物語の終盤に、ソフィーがハウルを思った事で、ハウルの過去の記憶に繋がる道を、指輪が光で示した。
と、解釈しましょう。

このシンプルな解釈が伏線となり、後の大きな感動を生みます。

・・・その伏線は、この下の謎解きで回収します。

 

「ハウルはずっと待っていてくれた」の意味

物語の終盤、ハウルの過去の記憶を見たソフィーは、こう言います。

【セリフ・名言】

ソフィー「あたし今、ハウルの子供時代にいるんだ!」

ソフィー「ハウルー、カルシファー!あたしはソフィー!待ってて、あたしきっと行くから!未来で待ってて!」

ソフィー「ハウル……。ごめんね、あたしぐずだから。ハウルはずっと待っててくれたのに……。」

 

・・・この「待っててくれた」とは、どういう意味なのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

【表面的な考察】

⇒ハウルとカルシファーの呪いは、ソフィーしか解くことが出来なかった。

黒い扉から、ハウルの過去の記憶の中で、幼いハウルとカルシファーにソフィーが出会った。

つまり、タイムトラベル的な少々複雑な話しで、
幼いハウルは、ソフィーに会った事があって、
幼いハウルに、ソフィーは、呪いを解くことを約束していた。
そしてハウルは、幼い頃、契約(呪い)が始まってから、大人になった現在に至るまで、
呪いを解いてくれる、ソフィーを探していた。
ソフィーと出会うのを待っていた。

しかし、
これもまたタイムトラベル的な話しで、
ソフィーは、この物語のプロセスを経て、
「黒い扉の中に入り、ハウルの過去の記憶を見る事」をしなくては、
「幼いハウルと過去に会って、呪いを解く約束をした」という事を、思い出す事が出来かった。

だからソフィーは
「ハウルはずっと待っててくれたのに・・・」
という、セリフをもらした。

・・・そして、全てを思い出したソフィーが、ハウルとカルシファーの間にかかる呪いを解く、

という展開に繋がって行きます。

 

【深層的な考察】

僕が書いて来たこの記事全体の考察と照らし合わせると、
ソフィーは、「理性」を表現するキャラクターであり、
ハウルは、「本心」を表現するキャラクターです。

そして、心と言うものは、理性が、本心が同じ方向を向いて、
理性と本心が手を結ぶと、
心の方向性が統一されます。

その同じ方向とは『無償の愛』という、方向性です。

この記事で解説したように、
「本心の本心」つまり「本心の根本的な方向性」は『無償の愛』です。

・・・しかし、「常識」など色んな制御がかかり、「理性」が「本心の方向性」「無償の愛の方向性」に、統一する事が出来なくなっている、この社会の現実があります。

・・・それでも本心は、奥底では常に「無償の愛」の方向性に、心が統一される事を求めています。

・・・しかし、理性は、それに気付けずにいます。

 

 

・・・このシーンで、社会の現実を表しているのではないでしょうか?

本心(ハウル)はずっと、
理性(ソフィー)が、本心の無償の愛の方向性に目覚めるのを、待っていた。

という、深層的な考察をすると、僕はしっくりきます。

 

 

ハウルは、ずっとソフィーを待っていたのです。

・・・ここで、かなり面白い、先ほどの「指輪の謎解き」で書いた伏線を回収する話があります!

 

この映画の序盤で、ハウルが初登場して、ソフィーと初めて出会うシーンで、ハウルは

【セリフ・名言】
ハウル「やぁ、ごめんごめん。探したよ。」

とソフィーに言っています。
・・・そして、ハウルの例の指輪が、キラッと光を放っています。

 

初見では、『強引なナンパからソフィーを助けるための、彼氏役を演じる建て前』だと思うと思いますが、
この映画を最後まで見てからこのセリフを聞くと『ハウルは過去から今まで、ソフィーをずっと探して、待っていた』という事を表しています。

そしてその証拠に、『相手を思う心に反応するハウルの指輪』は、キラッと光っています。(ぜひ、映像で見て下さい)

つまり、ハウルが、ソフィーを思ってずっと探していたから、
最初に二人が出会った時も、キラッと光っていたのだと、考察できます。

 

⇒『ハウルはずっとソフィーを探して、待っていた。』

・・・この指輪の伏線がある事で、なおさら感動しちゃいますね。

 

ソフィーが荒れ地の魔女にかけられた、呪いの正体は?

荒れ地の魔女がソフィーにかけた呪いは、ソフィーの姿を老婆にする呪いでした。
かと思えばソフィーは、ストーリーの節々で、若くなったり、熟女になったり、老婆になったりします。

この呪いの正体は、何なのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

⇒〈心のありようが、容姿に出てしまう呪い〉なのだと、考察しています。

 

「老婆(90歳くらい)の状態」

心が制御されて、本心で生きていない状態。
つまり、自分の本心から生まれる意思を生きていない状態。
自信が無い状態。ネガティブな状態。
現実を諦めている状態だと、ソフィーは「老婆」になっています。

 

「若い(実年齢)の状態」

心が開放されて、本心で生きている状態。
つまり、自分の本心から生まれる意思を生きている状態。
つまり、ハウルを愛しているという、無償の愛の方向性を生きている状態だと、
ソフィーは実年齢の「若い姿」になっています。

・・・また同時に、ソフィーが眠っている時は、無意識であり、本心が制御されずに開放されているので、「若い姿」になっています。

また、物語の中盤、ソフィーの「夢の中」では

【セリフ・名言】
ソフィー「だってあたし、あなたを愛してるの!」

と、本心から生まれる思いを、口に出してハウルに伝えています。
この時のソフィーは、「若い姿」です。

しかし、夢の最後は、怪鳥になったハウルに

ハウル「もう遅い…!」

と言われて、
その直後、ソフィーは「老けた姿」になって、目が覚めます。

・・・ここは、睡眠中の、心が開放された無意識の状態、本心に素直な状態から、
目覚める前に、心が制御された有意識の状態、つまりネガティブな状態に戻っているのを、表現しているのだと思います。

 

「熟女の状態(60歳くらいの母親のような容姿の状態)」

この状態は、先述した「老婆の状態」と「若い状態」の、「どちらでもない状態」です。
つまり、「制御されている心と、開放されている心が、葛藤している状態」だと考察しています。

 

この、ソフィーの容姿の変化と、その変化のタイミングの設定は「非常に曖昧」に描かれています。

なぜか?
それは「心の状態の変化」を表しているからです。

ソフィーが言葉を発しなくても、ソフィーの心の状態は変化していて、
その繊細な心の変化に連動して、容姿が変化しています。
⇒要するに「心の変化は、繊細で曖昧だ」という事を表現しています。

 

・・・ソフィーは『心のありようが、容姿に出てしまう呪い』をかけられてしまいましたが、
・・・これは、我々にも、当てはまるのです。

  • 心のありようは容姿に表れる
  • 心が若い人は、容姿もハリがあって若い。
  • 心が老いている人は、容姿が実年齢よりおいている。

これは、多くの人が、他者をみて感じたことがあると思います。

60歳なのに容姿が若々しい人は、心が若々しいのです。
30歳なのに容姿が老けて見えてしまう人は、多くの場合、心が老けてしまっているのです。

単純に、
心に過度なストレスがかかっている人は、老けて見えるし、
心にストレスがかかっていない人は、若く見える。
こう言っても、良いかもしれません。

心は、外見に、表れます。

 

大変生意気な事を言えば、僕は外見で「その人がどんな人か」を大ざっぱに見抜くことが出来ます。

・・・やはり、心は外見に表れると、日々思います。

 

~「心のありよう」は現実になる~

先述したように、「容姿、外見」は、心が現れます。
・・・もっと言えば、「心は現実に表れる」のです。

哲学的な表現になりますが、
「現実は、心の奥底で思っている通りに、なっています」

※ここでは割愛しますが、いつかこの論理を説明する記事を書きます。

・・・ファンタジー抜きに、論理的な理由でもって、
心は、現実に表れるのです。

 

ソフィーの呪いは、いつ解けたのか?

呪いが解けたのは、厳密に言えば、
老婆になったソフィーが初めてハウルの動く城に入って、そしてハウルが戻って来て

【セリフ・名言】
ハウル『汝、流れ星を捕らえし者 心なき男 お前の心臓は私のものだ』

と、中二大喜びの呪文をハウルが詠唱して、机についた焼け焦げた印のような呪いを取り払った時です。

そしてハウルは、
ハウル「焼け焦げは消えても、呪いは消えないんだ。」

と言っています。

・・・このあたりは、どういう意味なのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

先ほど、
「ソフィーが眠っている時は、無意識の状態であり、心が開放されているから、若い姿である」という謎解きをしました。

しかし、ソフィーが初めてハウルの動く城に入って、カルシファーの前で居眠りしていた時は、
「老婆の姿」で、居眠りしています。

そして、ハウルが焼き印の呪いを解いてからは、眠っている時は、
「若い姿」で描かれています。

・・・なので、『ソフィーの呪い』が解かれたのは、ハウルが焼き印を消したときと言えます。

 

・・・しかし、重要なのは、
『ソフィーは、自分の呪いが解かれたことを、自覚していない』という事です。

ソフィーが『呪いがかかっている』『だから、呪いの事を口に出せない』『だから、自分は老いている』と、

『思い込んでいる』から、

呪いがかかっている時と、同じように呪いの効果が表れています。

 

⇒「思い込み」が、心を制御し、
⇒「思いこんだ心」が、思い込んだ現実を作っている。

・・・というメッセージが表現されていると、解釈しています。

 

魔王とは、怪物とは

ハウルに呪いがかかったまま、魔法を使い続けると、「魔王」「怪物」になると言われています。

【セリフ・名言】
カルシファー「あんまり飛ぶと、戻れなくなるぜ」

ハウル「同業者に襲われたよ。」
カルシファー「荒地の魔女か?」
ハウル「いや。三下だが、怪物に変身していた。」
カルシファー「そいつら、後で泣くことになるな。まず人間には戻れないよ。」
ハウル「平気だろ。泣くことも忘れるさ。」

サリマン「あの子はとても危険です。心を無くしたのに、力がありすぎるのです。」

 

・・・この意味は何なのでしょうか?

 

~謎解きと考察と答え~

「呪いがかかったまま、力を使い続けると、怪物になってしまう」=
「自分の心に制御がかかったまま、力を使い続けると、怪物になってしまう」=
「自分の本心に逆らって生き続けると、怪物になってしまう」

つまり、
自分の心を制御して、自分の本心の意思に背いて生き続けると、本当に心を失って、怪物になってしまう。
・・・そして、泣くことも忘れる。

という事だと、解釈しています。

 

心臓とは何を意味しているのか?

⇒この物語で「心臓」とは、「心」を表しています。

【セリフ・名言】
レティー「それでお姉ちゃん心を取られちゃったってわけ?」「その魔法使いがハウルだったら、お姉ちゃん心臓を食べられちゃってるよ!?」

ハウルが心臓を食べるとは、ハウルが女性の心を奪う、という事を表しています。

・・・イケメンですからね。ましてや中の人はキムタクですからね。

 

ハウルとカルシファーの契約(呪い)の謎

【セリフ・名言】
カルシファー「ハウルと、おいらの契約の秘密を見破ってくたら呪いは解けるんだ。そしたら、あんたの呪いも解いてやるよ!」

という、カルシファーの台詞に、謎を解くヒントが有ります。

 

~謎解きと考察と答え~

ハウルの呪いが解けると、ソフィーの呪いが解けるという事。
ソフィーの呪いが解けると、ハウルの呪いが解けるという事。

・・・これは、同時に成り立っている、という事なのです。

 

ここまでで解説してきたように、
呪いがかかっている状態=本心から生まれる意思が制御されている状態
という事です。

逆に、
呪いが解けている状態=本心から生まれる意思に素直に従っている状態
という事です。

 

ハウルの呪いも、ソフィーの呪いも、これは同様です。
そして、ハウルとソフィーが心にかかる制御を取り払い、「無償の愛」と言う、本心から生まれる意思に心が統一された事で、
ソフィーの呪いも、ハウルとカルシファーの間にかかる呪いも、解けました。

 

ソフィーの一部を食べたカルシファーが強力な力を発揮した理由

これは、先ほどの「全体の考察」でも書きましたが、

⇒ソフィー(理性)とカルシファー(感情)が協力した事で、強い力を発揮した。

つまり、

⇒理性と、感情の方向性が統一すると、強い力を発揮する。

という事を、表現しています。

 

荒れ地の魔女が、カルシファーを掴み取ったシーンの意味

⇒荒れ地の魔女(欲)が、カルシファー(感情)を支配している

という、意味だと考察します。

⇒感情は欲に支配される。

という、メッセージ性を感じます。

 

荒れ地の魔女が、ソフィーのいう事を最終的に聞いた意味

ラストシーンで、

【セリフ・名言】
荒地の魔女「あたしゃ知らないよ、何にも持ってないよ。」

ソフィー「お願い。おばあちゃん。」
荒地の魔女「…そんなに欲しいのかい?」
ソフィー「うん。」
荒地の魔女「仕方ないね。大事にするんだよ。」

という、
荒れ地の魔女(欲)が、ソフィー(理性)のいう事を最後に聞いたシーンが有ります。

これは、

⇒『本心の方向性、無償の愛の方向性に目覚めた理性によって、利己的な欲が、利他的な欲に、最適化された』

という事を、意味しています。

 

 

「動く城」とは?動く城本体は、何を意味しているのか?

動く城は、何を意味しているのか?

「動く城の本体」は、何を意味しているのでしょうか?
・・・ここが、僕の「ハウルの動く城の考察」の、大きなオチになります。

 

かなり前に「キャラクターはそれぞれ心の一部を表している」と、説明しました。

ソフィーは「理性」

カルシファーは「感情」

荒れ地の魔女は「欲」

ハウルは「本心」

 

そして、かなり前に「心とは、意識の倉庫である」と、説明しました。

理性や、感情や、欲や、本心などの心の一部(意識)が、
意識の倉庫である「心」の中に、収納されています。

 

・・・さて、もうお分かりですね(どやがお)

 

「動く城」は、
「心そのもの」を表している

という事なのです。

 

動く城の中に、ソフィーと、ハウルと、カルシファーと、荒れ地の魔女が住んで、
そして、それぞれの方向性が統一される事で、この物語はハッピーエンドへと繋がって行きます。

 

「動く城」の形状の変化が意味する事

「動く城は、心そのものを表している」

・・・これは、動く城の形状の変化を見ると、なおさら分かりやすくなります。

 

【動く城の形状の変化】

「序盤」
逃げるために、地を這って歩く、いびつなデザインの城

「中盤」
引っ越しによる、城の中の改善。

「終盤」
一時的に破壊される城

「ラスト」
再構築され、緑が増え、美しいデザインに成り、自由に飛び立っていく城

という事です。

 

序盤は、逃げるために、地を這って歩くいびつな形の城が描かれています。そして、城の中はごちゃごちゃに散らかっています。

⇒中も外も、いびつになっている心を表しています。

這って逃げる城

ハウルの動く城 城の中

 

そして中盤、理性、感情、欲、本心が同居し、さらに引っ越しによって城の中が改善します。

⇒いびつだった心の中が、改善してきた事を表しています。

ハウルの動く城 引っ越し

※ソフィー(理性)が「掃除婦」を名乗って動く城に移り住んでいるのは、『心の中を掃除する人(整理する人)(つまり理性)』というメッセージ性を感じます。

 

そして終盤、一度、城は破壊されます。

⇒心の破壊と再構築の、破壊の部分を表現しています。

ハウルの動く城 壊れた城

 

そしてラストシーンでは、美しいデザインになって、羽が生えて飛び立っていく城が描かれています。

⇒心が再構築され、本心の意思(無償の愛)の方向性で心の中が統一され、そして心そのものが美しくなったという事を、表しています。

動く城が飛ぶ

 

・・・要するに、

ゴチャゴチャで、整理されていなかったいびつな心が、
最後は、方向性が統一され、美しい心になった。

という物語のハッピーエンドの結末が、「城の形状の変化」から表されています。

 

「動く城」は、「心そのもの」を表しているのです。

 

 

表現が曖昧なのには理由がある

この記事の冒頭にも書きましたが、
『なんで、こんなに物語の表現や設定が曖昧なの?』という事です。

 

・・・その謎の答えは

⇒『心がテーマだから』です。

 

心とは、意識と言うシステムが複雑に絡み合って構成されています。

心の構造は、1人1人、違います。
心の構造が違うから、「その人」なのです。
「これが心だ!」という、明確な構造は、存在しません。

だから、曖昧に描いているのです。

心は、1人1人、当然のように、違うのです。
そして、違っていいのです。違うから面白いのです。

それを表現するために、このように曖昧な表現をしているのだと、僕は感じています。

 

 

 

【ハウルの動く城のまとめ 宮崎駿監督のメッセージ】

大変長文になりましたが、以上の考察から、
この映画「ハウルの動く城」のテーマとメッセージは、

『心とは何か』

そのための要素として

『心との付き合い方・向き合い方』
『心の方向性を統一せよ』
『心にかかる制御を解き放て』

つまり
『本当の自分の心を取り戻せ』

つまり
『本心と出会う物語』

加えて
『条件愛より、無償の愛』
『心の統一のために、愛が必要だ』

 

だと、解釈しています。

 

【宮崎駿監督の言葉】

この物語が、ある魔法使いの女の子の物語ではなく、映画を観る誰もが、自分の問題として捉えるように。つまり、物事を変えるのは、周囲のせいでも能力のせいでもなく、自分自身がどう意志を持つことができるかが大事

という、「ハウルの動く城」に向けた、宮崎駿監督ご自身の言葉が有ります。

 

⇒要するに、
「意思、つまり心の方向性が、現実を作っている」という事であり、
「現実は、誰のせいでもなく、自分の心が作っている」という、メッセージ性に溢れた言葉です。

 

 

ハウルの動く城は、登場するキャラクターたちが織りなす物語です。
誰が欠けても、この物語は成立しません。

・・・〈自分の心〉も、それと同じだという事です。

自分の心の中にある、
理性も、感情も、欲も、本心も
どれが欠けても、「あなたでは有りません」

そして、
理性も、感情も、欲も、本心も、
本心から生まれる意思の方向性に統一されていな状態だと、
「本当のあなたを生きていない」という状態だという事です。

 

・・・この社会には、「本当の自分を生きられなくする支配と制御」が溢れています。
そして、「本当の自分」を生きる事が出来ない人で、溢れてしまっています。

 

『心を統一し、本当の自分を生きてほしい』

 

・・・そういう思いで、宮崎駿監督は、ハウルの動く城を制作されたのではないでしょうか?

 

当ブログも、その思いに賛同しているブログです。

「本物の人生を生きる」

そのために、僕が人生の師から学んできた事を、記事にして、発信しています。

 

もし何かピンと来ましたら、
ぜひ、このブログの他の記事も読んで行ってください(これからSNSも育てて行きます)

 

では、本当に本当に長くなりましたが(3万5千字超)

※「ハウルの動く城」をPCのキーボードで何度も打ち過ぎて、たまに『ハウルの動く尻』という打ち間違えによる誤字が誕生していたのは、ここだけの話しです。

 

・・・・・

 

読んでくださり、誠にありがとうございました!

ご感想、ご質問等、お気軽に、コメントして下さい(^^)

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