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千と千尋の神隠し【謎解き・解釈】~宮崎駿が伝えたかった事~

今回は「名作の解釈」をテーマに記事を書いていきます。
「強いメッセージ性は感じるけど、意味が良く分からない」という名作や名言って、沢山ありますよね?
それを、RINRISM的に解釈して、その名作や名言をより深く理解できるような手助けが出来ればと思っています。
せっかく「名作・名言」なのだから、より深く、より多くの人に伝わったら、それを作った人にとっても本望なのではないかと思います。

もちろん、解釈は人それぞれで良いのだと思います。あくまでもRINRISM的な解釈であり、「これ伝えたいんじゃね?」という視点で解釈していきます。あくまでも、あなたの解釈の“手助け”になればと思います。

 

さて、本題です。


ぼく、アニメが大好きです。その中でも宮崎駿監督のジブリ映画は大好きです。
といったわけで、今回解釈するのは
スタジオジブリの名作「千と千尋の神隠し」です!

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・・・先にお伝えします。
ネタばれ有りです!

 

・・・さて、千と千尋の神隠しと言えば

2001年7月20日日本公開。興行収入は300億円を超え、日本歴代興行収入第1位の記録[2]2016年現在も塗り替えられていない。批評的にも日本国内にとどまらない評価を受けた。第52回ベルリン国際映画祭では金熊賞を受賞。第75回アカデミー賞ではアカデミー長編アニメ映画賞を受賞した。同部門を受賞した唯一の手描きアニメーションであり、唯一の日本のアニメーション映画である。

とにかく、記録的に大ヒットしましたよね。
これは名作です。そのまま何も考えずストーリーで見ただけでも面白いですし、全てにおいてクオリティがとても高いと思います。
そして作中には「強いメッセージ性」を感じるシーンが、多々あります。
これは、宮崎駿監督がこの作品を通じて「何か」を伝えたがっていると思うわけです。

 

 

千と千尋の神隠しの謎・メッセージ性のあるシーン

僕が思う、千と千尋の神隠しの、メッセージ性を感じる、謎めいた部分は

  • ご両親が豚になったシーンの意味
  • 「名前を取られる」の意味
  • なんで風俗店がテーマなの?
  • カオナシってなんなの?
  • 千尋が最後に、豚の中から両親を探すとき、この中に居ないとなぜわかったの?
  • 湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)に分ける意味
  • 最初赤かったトンネルが、最後色が違うのはなぜ?
  • 千尋が現実世界に戻っても、銭婆にもらった髪留めだけが残った意味
などが、この作品の「謎」であり「メッセージ性」を感じる部分です。

根拠を読み取りながら、
一つずつ、解釈していきます。

 

千と千尋の神隠しのテーマ

宮崎駿監督が、この作品を通じて人に伝えたかった事。
すなわち「この作品のテーマ・メッセージ」から、お伝えする事が必要だと思います。

あくまで、ぼくの主観ですが
この作品のテーマ・メッセージは

「資本主義経済社会への風刺と警鐘」

「資本主義経済社会の作る“洗脳”からの脱却」

「自分の生まれた意味を、思い出せ!」

であると思います。

 

・・・いきなり、重々しく感じるかもしれませんが(笑)

過去のRINRISMの記事で書いたように、この社会には、洗脳が溢れています。
宮崎駿監督は、それをどうにかしたいがゆえに、この作品を作ったのではないかと私は思っています。

何事も結論から話すと、分かりやすくなるものです。

とりあえず今は「へーそうなんだ」くらいに思って頂ければと思います。
下記の謎解きと、解釈を読んで頂ければ「そうかもしれない」と思ってもらえると思います。

 

ご両親が豚になったシーンの意味

この映画を見始めて、最初に衝撃を受けるシーンは

「パパとママ、豚になっとる!」

というシーンだと思います。

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僕は小学生の時にこの映画を見たのですが、トラウマになりそうなくらいの衝撃でした。

そのシーンまでのざっくりした流れとしましては、、、

 

不思議な街に、千尋とご両親が入ってしまって、
屋台っぽい場所に美味しそうな料理が並べられていて、
パパとママが「お、うまそうだな」とか言いながら、ためらい無くその料理を食べ始める。
そして千尋は「やめようよ~」とか言い、止めようとするが、パパママは「うまいうまい」と言って止まらない。
そして千尋が一人で探索していたらハクと出会い「ここにはいてはいけない!」と怒られて、千尋はパパとママの居るところに戻る。
そしたら、パパとママ豚になっとる・・・。

という流れです。
この衝撃的なシーンには、どんなメッセージが込められているのでしょうか?
単純に「魔法のやばい世界に入っちゃった」と捉えるには、もったいないくらい、衝撃的なシーンです。

 

【解釈】

このシーンでは、

⇒「子供なら『そんなの変だ、オカシイ!』とわかる嘘の情報を、疑わずに鵜呑みにする“洗脳され切った大人たち”」

が描かれていると思います。

・・・辛辣な表現にもなってしまいますが、
豚とは、代表的な家畜です。
人に、人のために、飼いならされているのが家畜です。

ほとんどの大人たちは、この社会で生きるうちに洗脳されて、家畜化させられてしまっています。
(辛辣な表現ですみません)

TVの情報、新聞の情報、メディアの嘘の情報にさらされているうちに、嘘の情報を信じ込んでしまっています。

すなわち洗脳され、社会の上の方の人たちにとって都合が良いように、働くように、疑わないように「飼いならされて」しまっています。
そして、子供なら『こんなの変だ!』と素直に思うような嘘の情報を、簡単に信じ込んでしまっています。

・・・宮崎駿監督は、まずそれを伝えたかったのだと思います。
「社会には洗脳が溢れていて、みな洗脳されてしまっている」ということを伝えたかったのだと思います。
気付かぬうちに、社会に飼いならされて家畜化されてしまっていることを、伝えたかったのだと思います。

 

豚=代表的な家畜

疑わずに、バクバク食べる=情報の鵜呑み
子供なら簡単に「変だ」とわかる事が、分からない大人たち

 

これが、このシーンの意味だと、ぼくは解釈しています。

 

「名前を取られる」の意味

「湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ。いつもは千でいて、本当の名前はしっかり隠しておくんだよ」
「名を奪われると、帰り道が分からなくなるんだよ。私はどうしても思い出せないんだ」

この映画では、「名前を忘れてはいけない」「名前を湯婆婆に取られたら、一生この環境から抜け出せない」
という表現が良く登場します。

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この「名前を取られる」とは、どういう意味が込められているのでしょうか?

 

【解釈】

⇒名前を取られる=自分の生まれた意味を忘れさせる
という事だと、ぼくは思います。

「名前」というものは、その人のアイデンティティであり、個性であり、名付けた親の思いが込められています。
すなわち名前には「自分の生まれた意味」が込められています。

「名は体を表す」のです。
キャプテンと呼ばれれば、だんだんキャプテンらしくなっていくものですし、
社長と呼ばれれば、だんだん社長らしくなっていくものです。
(名前、呼び名というものは奥が深いので、いつか別に記事を書きたいと思います)

・・・この社会には、
この社会に適合するように頑張って生きているうちに
「自分の生まれた意味」を忘れさせる仕組みがあります。
お金のために、生きるために、家族を守るために、常識から外れないようにするために、と頑張って生きているうちに、
「自分は誰で、何をしたい人か」つまり「自分の生まれた意味」という、大事なことを忘れさせられるのです。

宮崎駿監督は、それを伝えたかったのだと思います。

 

→「名前」を奪われる=「自分は誰で何をしたい人か」という、生まれて来た意味を奪われる
→この社会で生きるうちに、自分は誰で何をしたい人だったか、忘れさせる
→気づいたら、自分の人生を生きられなくなっている
「湯婆婆が支配する湯屋のように、この社会には、この名前を奪うシステムがある」

という事が、伝えたいメッセージだと思います。

 

 

なんで風俗がテーマなの?

千尋が「湯女」として働くことになる、湯婆婆の「湯屋」は、
表向きには「神様が疲れをいやす温泉旅館」のような環境として描かれていますが
実際のところ「風俗店」であるという裏話があります。

参考 【千と千尋の神隠し】隠しテーマは風俗産業!千尋の就いた“湯女”は遊女(娼婦)のことだった!?NAVERまとめ

「湯女」=「遊女」であるらしく、あの湯屋は、風俗店であるらしいです。

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では、なぜ「風俗店で働く」という事を、テーマにしたのでしょうか?そこに込められたメッセージは何なのでしょうか?

 

【解釈】

⇒「この資本主義社会は、風俗産業となんら変わりは無い」
という事だと思います。

 

〈風俗店と資本主義社会の共通点〉

  • 生きるために、上の存在の快感を満たす世界
  • 神様的な偉い人のために、身を削って働いている
  • それが出来ないと、生きられない
  • 疑わずにそこで働かせるために、洗脳する
  • そして、「自分は誰で何をしたい人か」という「名前」を取られていく。

という事です。

 

「契約書だよ。そこに名前を書きな。働かせてやる。その代わり嫌だとか、帰りたいとか言ったらすぐ子豚にしてやるからね」

という湯婆婆の、ブラック企業的なセリフが代表するように
風俗店も、資本主義社会も、
「神様的な偉い人」「支配者」の快適な生活のために、その社会で生きる一般人は、生きるために身を削って働かされているという事です。すなわち「搾取」です。
下から上に吸い上げるようにして、生きるために働かせるようにして、この資本主義社会は成り立っています。
ピンと来ない方も、これについてはすこし調べてもらえればわかります。

宮崎駿監督は、それを皆に気付かせて、それに警鐘を鳴らしたかったのだと思います。

 

カオナシって何なの?

『カオナシって何者なの?何なの?』
という疑問は、この映画を見たほとんどの人に生まれる疑問だと思います。

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【解釈】

⇒「カオナシは資本主義経済が生み出した被害者」

であるのだと思います。

 

カオナシ=「名無し」
であるのだと思います。

つまりは、先ほどからの解釈と照らし合わせると
「自分は誰で何をしたい人か」が無い存在。であるのだと思います。

 

 

〈カオナシの特徴〉

  • 「欲しい」が口癖
  • 「他者を食べること(奪うこと)で、ステータスを上げていく」

 

この社会に適合しようとして頑張って生きているうちに
「名前」が奪われ、「名無し」になり、「カオナシ」になり、「自分は誰で何をしたい人か」という事を忘れさせます。

そして、忘れた上でやることは「欲の追求」です。
『良い女が欲しい、良い車が欲しい、良い家が欲しい』と、
自分の本来の目的「自分は誰で何をしたい人か」という欲求ではなく、
作られた目先の欲を追求するようになってしまいます。

そして、自分第一主義になってしまいます。

自分と一握りの身内だけが、得をするように、得をするように、生きるようになってしまいます。
自分より下のものから搾取したり、自分を守るために行動したり、自分のストレスを解消するために目下の者に当たり散らしたりする。
いわゆる「ブラック企業」ですね。

そして「貰う事、奪う事が目的」になってしまいます。

 

「もらう事が目的」という事は、それは「価値のある人生」とは真逆です。
価値のある人生とは「与える事を優先する」ことで手に入ります。

 

宮崎駿監督は、
社会には、カオナシのような人「もらう事を優先する人」を生み出すシステムがあるのだと、
伝えたいのだと思います。

カオナシとは
→自分の生まれた意味を忘れてしまって人
→もらう事が目的になってしまった人
→奪うことで、ステータスを上げていく

 

千尋のセリフで
「あの人は油屋にいるからいけないの。あそこを出た方がいいんだよ」
というのがあります。それは、そういう事です。

 

この社会に適合して生きようとするから、そうなってしまうのです。
この社会のシステムから抜け、この作られた常識から抜ければ、
今どんなにブラックなカオナシみたいな人も、みな本当は良い人なのです。

 

湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)に分ける意味

ストーリー的には、千尋の職場の支配者の「湯婆婆」には、双子の姉の「銭婆」が居ます。
物語の終盤。千尋は銭婆を訪ね、相談に乗ってもらいます。

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見た目はそっくりなのに、
湯婆婆の強欲なイメージに反して、

銭婆は対極的に“とっても良い人”ですよね?

そして印象的な銭婆のセリフに
「あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ」
というのがあります。

湯婆婆と、銭婆
この二人は、何を表しているのでしょうか?

 

【解釈】

⇒湯婆婆は「人の欲」を表し
⇒銭婆は「人の心」を表す

という事だと思います。

 

宮崎駿監督が伝えたかったのは

「二面性を持たないと、この社会システムでは生きられない」

という事だと思います。

 

湯婆婆の強欲で、お金第一主義で、人を大切にしないキャラクター。
その正反対の
銭婆の、心を感じられ、愛情があり、質素で、人を大切にするキャラクター。

「あたしたちは二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ」

そう、「欲」と「心」というものは、全ての人が持っているのです。
しかし、それを切り離して「二面性」を持たなくては、生きられない社会になってしまっているのです。

分かりやすい例だと「ハク」がそうです。二重人格キャラですよね。
千尋に「優しい心」を見せたかと思えば、湯婆婆の元で生きるため「心ない冷徹で効率的」な人にもなる。

 

この社会は、そうなってしまうシステムがあるのです。
二面性無くして、生きられなくなってしまっているのです。

「会社ではひどい上司だけど、家では良いパパ」
こういう人は、沢山いるのだと思います。

宮崎駿監督は、二面性を持たずしては生きられない社会ではダメだと、言いたいのではないでしょうか。

この社会は、「心より欲を優先するようにさせるシステム」があります。
心も欲も、両方あって一人前の人間です。
しかし、欲を優先するばかりで、心の部分がないがしろになってしまう、社会になってしまっています。

欲も心も、両立できるはずです。
「他者の心を優先する気持ち」というものは、人間誰しも持っています。
心理学的に言うところの「返報性」というやつです。
皆、本来それを持っているのに、その優先順位が低くなってしまっているのです。

「欲よりも、心を優先する社会システム」は、作れるはずです。
それが、目指すべき良い社会であると、ぼくは思います。

 

・・・カオナシは、湯婆婆の環境を離れ、銭婆の元に居場所を与えられて働くことになります。
そして、描かれてはいませんが、カオナシは本来持っていた「素朴な良い心」を引き出して働いていくのだと思います。

どんな悪い人も皆、この社会システムにいるから、そうなってしまうのです。
この社会システムに間違いがあるのだと、宮崎駿監督は伝えたいのだと思います。

 

この社会のあらゆる問題は、
この社会システムの間違いから始まる。

千尋が最後に、豚の中から両親を探すとき、この中に居ないとなぜわかったの?

千尋が「もとの世界に戻るために呪いを解く試練」として、湯婆婆から問題を出されます。

「沢山いる豚の中から、千尋の両親を探し当てろ」という問題です。

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そして千尋は答えます。

「おばあちゃんだめ、ここにはお父さんもお母さんもいないもん」

そして、千尋の呪いは解けます。

 

・・・ここが、見てる人にとって一番の「なんで?」ってポイントだと思います。

 

なんで、千尋は、居ないと分かったのでしょうか?

そして、このシーンの意味は何なのでしょうか?

 

【解釈】

⇒「千尋は、数々の挑戦を乗り越えて、洗脳(魔法)が解けているから」

という事であるのだと思います。

 

この社会には洗脳があり、
全ての人が、大なり小なり、洗脳されてしまっています。

 

それを解くための方法は「挑戦」なのです。
目的を持ち、挑戦し、失敗し、反省することで、自分の中の間違った情報に気付くことが出来ます。

そして、その間違った情報に気付き、取り除いて行くことで洗脳から解放されて生き、理想的な人生が手に入ります。

 

(詳しくは過去の記事をご参照ください)

人生を好転させる情報との付き合い方4【洗脳の存在を知る】

 

千尋は、湯婆婆の作る環境の常識にとらわれず、
「元の世界に戻る」という目的を持ち続け、沢山の挑戦と失敗を繰り返したことで、湯婆婆の洗脳が解けたのです。
奪われかけた名前を、取り戻したのです。
「自分は誰で何をしたい人か」を取り戻したのです。

 

・・・その「洗脳から解放された千尋」だから、たくさんいる豚を見た時に「明らかに、ここに両親はいない」と分かったのです。

 

洗脳され切った人と、
洗脳されていない人とでは、
世界の見え方が違います。

宮崎駿監督は、それを伝えたかったのだと思います。

 

 

・・・さて、ここでクエスチョンです。

ではなぜ、映画を視聴している観客である我々は
「あの中に両親が居ない」と、分からなかったのでしょうか?

 

 

 

・・・これは、宮崎駿監督なりの、風刺であり、ブラックなジョークに見えて仕方がないのですが。

 

我々が見えなかった理由は、

 

「我々が皆、洗脳されているから」です。

 

・・・これは、笑うところです。

 

 

あのシーンを通じて
「みんな社会に洗脳されてんだよ!」
という事を、宮崎駿監督は我々に伝えたかったのだと思います。

これは、スタンディングオベーションすべき、ナイスジョークです。

 

→我々は皆洗脳されている
→洗脳下では、「こういうものだ」と思い込み、真実が見えない。
→千尋は、挑戦し、反省し、成長し、洗脳から解き放たれたから、
→皆(観客)が見えていないものが、千尋には見えていて「この中に居ない」と分かった

 

最初赤かったトンネルが、最後色が違うのはなぜ?

最初に訪れた時は、トンネルは「赤色」でしたが、
最後のシーンでは、色が変わっていました。
なぜでしょうか?

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【解釈】

これもまた、

⇒「洗脳されている人と、居ない人では見え方が違う」

というメッセージであると思います。

 

・・・これは、さっきの宮崎駿監督の辛辣なジョークの「お詫び」のように感じています。

 

色の違いに気付けたお客さんに、
「ほら、みんなも洗脳から解けて、見え方が変わってきているよ」
という事を、伝えているのだと思います。

 

千尋が現実世界に戻っても、銭婆にもらった髪留めだけが残った意味

これは、なぜでしょうか?

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【解釈】

⇒「良心から与えたものは、残り続ける」

というメッセージだと思います。

あの髪留めは、千尋の力になってくれた「銭婆」が、千尋にプレゼントしたものです。
物語が終わり、千尋からあの魔法の世界の記憶が薄れても、髪留めだけは残るのです。

「こんな社会でも『心を優先し、与えることを優先する事』が必要だ」
宮崎駿監督は伝えたいのだと思います。

欲よりも、心を優先し、「他のために与えたもの」は、世の中に残り続けるのです。
逆に、欲を優先し、「もらう事」を優先しても、何も世の中に残すことは出来ないのです。

「墓までは持っていけない」というように、
自分だけのために手に入れたものは、
自分が死んでしまえば、自分の物語が終わってしまえば、消えてしまうのです。

しかし、今生きている間に「他に与えたもの」は、世の中に残り続けます。
物やお金もそうですし、
知識や知恵もそうですし、
人を助けたり元気づけたりして与えた「エネルギー」もそうです。

それは、たとえ自分が死んでしまっても、
世の中をめぐり続け、世の中に残り続けます。

「生きている間に、他にどれだけエネルギーを与えたか?」それが、価値のある人生であるのだと思います。
それを伝えたかったのだと思います。

 

・・・ちなみにこれが、当ブログ『RINRISM』のメインテーマだったりします。

RINRISMとは

 

最初のシーンと最後のシーンで、変わらずに母にくっついて歩く千尋

最初と最後で、同じシーンが描かれています。
ここでは、何を表しているのでしょうか?

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【解釈】

⇒「そう簡単に変わらないのが、人間」

という事だと思います。

変わるという事は、簡単ではないのだと、言いたいのだと思います。
それでも、挑戦し、反省し、洗脳から脱却し、少しずつ成長し続けることが必要だと、言いたいのだと思います。

 

なんでこんなにまどろっこしいメッセージの発信の仕方なの?

ここまでに書いてきた「宮崎駿監督が伝えたかったメッセージ」。
これが仮に全てが「当たり」だったとして、

「なんでこんなに遠まわしで、まどろっこしいメッセージの伝え方なの?」
という疑問が湧きます。

なぜでしょうか?

 

【解釈】

⇒「スタジオジブリでさえも、この資本主義社会の中」

辛辣な表現になってしまいますが、こういうメッセージである気がしてなりません。

 

どんなに人に役立つ良いメッセージを持っていても
それを発信するために、映画を作るためには、
当然、「お金」が必要です。
スポンサーが必要です。
スポンサーは、この社会でお金を持っている権力のある、企業や人だと思われます。

スポンサーからお金を集めるために
ストレートに「この映画のテーマは、資本主義社会の洗脳から脱却です」
といっても、ほとんどのスポンサーはお金を出してはくれないでしょう。

スポンサーのほとんどは、この社会システムで大儲けしている人です。
洗脳から脱却され、今の仕組みが壊れる事が、都合の悪い人です。

 

・・・または、そこまで深読みしなくても、
単純に「メッセージやテーマがシビアに見えては、売れない」ということかもしれませんね。

売れて沢山の人に見てもらえなければ、せっかくの価値あるメッセージが、広がって行かない。
・・・これもまた事実です。

 

エンターテイメント性に特化していながら、よく見ると、ものすごく価値の有るメッセージを発信している。

というスタイルそのものが、芸術というものなのかもしれません。

 

メッセージ性を取るか、大衆受けを取るか。

これは、メッセージを発信する人たちにとって、永遠のテーマだと思います。

両立する道を、探したいですね。

 

 

 

・・・いずれせよ、何らかの理由で、表向けのテーマは別のものにして、
「本当のテーマのメッセージは、あえて隠している」
という事だと、ぼくは思います。

 

千と千尋の神隠しのメッセージ・テーマ

冒頭でお伝えしたように、

以上の解釈と考察を元に、この映画のテーマとメッセージは

「資本主義経済社会への風刺と警鐘」

「資本主義経済社会の作る“洗脳”からの脱却」

「自分の生まれた意味を、思い出せ!」

という事だと思います。

 

最後に…宮崎駿のイメージキャラが“豚”であることについて

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宮崎駿さんが、豚ちゃんが好きだからという事も、もちろんあると思いますが、

「この社会の中で生きている、自分への戒め」
を感じます。

そうすることで、
真実の情報を発信できないこの社会の中でも、
「表現方法を駆使して、発信していこう」としているのではないかと思います。

まあ、ここは深読みし過ぎかもしれません。

 

 

 

・・・何度も申し上げますが、ここまでの解釈と謎解きは全て「ぼくの主観」です。
合っているかもしれないし、まるで違っているかもしれません。

 

 

宮崎駿監督に、「この解釈どうですか」と聞いてみたいです!

「ぜんぜん違う!」

とおっしゃるかもしれません(笑)

 

とはいえ、
ここまで深く考えさせる映画をお作りになられた
宮崎駿は、まさに天才だと思います!

 

長文になってしまいましたが、
読んで下さり、ありがとうございました!

 

このブログの文章を気に入って下さった方、ぜひ、トップページから他の記事も読んでみて下さい。

『本物の人生』を全ての人が謳歌できる社会に向けて、価値の有る情報を配信しているブログです。

 

★★★

『千と千尋の神隠し』の解釈の、続きの記事を、更新しました!
電車のシーンについての、解釈、謎解きの記事です。
ぜひ、読んでみて下さい!

千と千尋の神隠し【電車のシーンの謎とメッセージ】解釈・謎解き

 

★★★

ジブリ映画「もののけ姫」の記事を更新しました!

こちらの記事もぜひ読んでみて下さい!

もののけ姫【謎解き・解説】宮崎駿が本当に伝えたかったメッセージ

15 Comments

ともえ

この解釈、すごいなと思いました。
私も、読んでいて納得しました。

とても大好きな映画の一つで、監督が何を伝えたかったのかは監督にしかわかりませんが、

このように考えるととても納得できます。

考察力がすごいと思いました。
ありがとうございます。

返信する
宮本創始

ともえさん。
素敵なコメントをありがとうございます!
そう言って頂けて、とても嬉しいです(^^)

最近なかなか記事を更新できていませんが、書きたい事が沢山あります。
お気が向いた時、またサイトにも遊びに来て下さい!

返信する
yu

すごい納得して読んじゃいました。

ジブリって意外と深くて、
いろいろな見方ができるから面白い反面、切ない気もしますね。

素敵なサイトに辿り着けてよかったです

返信する
宮本創始

yuさん。
素敵なコメントをありがとうございます!
とても嬉しいです!

ジブリは深みのある作品が多いですね。
ストレートなメッセージがあるのと同時に、
よく見ないと分からない、裏のメッセージもあったりして、ワクワクする作品が多いと思います。

書きたい事がたくさんあります!
時間作って、良いペースで書けるように環境を整えているところです。
ぜひ、また遊びに来て下さい(^^)

返信する
sora

とても素敵な文章を有り難うございます。まさに探し求めていたものに辿り着けて、読んでいるうちに涙が溢れてきました。

私はこれまで、自分に正直に生きることを何よりも大事にしていて、資本主義社会のおかしさに気づき始めていました。そんな私にとって、洗脳の始まりともいえる学校という場所が苦痛で仕方ありませんでした。今もそうです。世の中は洗脳された人がほとんどで、違和感を伝えようとしても「考えすぎ」「気持ちの持ちよう」で済まされてしまいます。
”多くの人が違和感を感じていない、私だけの気のせいならば、この理由の分からない辛さ、哀しさ、苦しさは一体何なんだ”という、誰にも共有できない疑問にずっと悩まされてきました。ふと気になって調べた大好きな作品の中にその答えが隠されていたなんて、こんなに感動的なことはありません。人生と映画が繋がっているようです。

私事ですが、学生の私には可能性も選択肢もまだまだあります。自己完結で済ませずに、社会にこのメッセージを伝えていくこと、影響を与えていくことを強く心に決めました。現代の社会システムのおかしさに気づきながら生きるのは辛いけど、戦って行こうと思います。
きっとそれが、「自分の生まれた意味」だから。

返信する
宮本創始

soraさん。
心が熱くなるコメントを下さり、誠にありがとうございます。
そう言って頂けますと、書いてよかったと、本当に思います。

「自分に正直に生きる」という生き方。素晴らしいです。
僕はそれを「心と言葉と行動を一致させる」と呼んでいます。

資本主義もそうですし、日本も世界も、社会のどこを見ても「おかしい」のです。

「現実」という結果を見て、
おかしな事や、嘘や、理不尽な事だらけなのに、まるで有効な対策を取らない社会なのです。
そして、それに慣れてしまって、「これが当たり前」と、感覚が麻痺してしまっている人が、ほとんどです。
そもそも、その「当たり前」「社会常識」「社会通念」と言うものが、間違っていて、嘘であり、洗脳です。
民をコントロールするために、誰かが作った、都合の良いルールです。

soraさんが感じられてきた「おかしい」「違和感」「なんだか合わない」という感覚。
僕から見てその感覚は、正しいです。
僕も、同じように感じています。

ただ、そういう正しい感覚を持った人が、うまく生きるのが難しい、この社会なのです。

根本的には誰も悪くない。
人を作る、社会が悪いのです。
社会を、根本的に改善していく事が必要なのです。

反対運動のような活動では、社会の根本的はなかなか改善しないと思っています。

では、どうすれば良いのか?ですが

「自分に正直に、心と言葉と行動の一致」
「自分も皆も、みんな幸せ。両福」
「常に明るい方向を向いて、前に進む」

これにつきます。

いま、これから、どんな場所に居ようとも。どんな仕事に就こうとも。
自分に正直に生きて、皆の幸せを願って、明るい方向を向いて生きていく。

これにつきます。

「類は友を呼ぶ」ように、
自分と合う人と、出会えます。
人は皆、合う人と一緒に居たいものです。
ぼくの文章に出会ってくれたように、必ず出会えます。

単純に、soraさんが、soraさんを生きる事です。

そして、環境を手に入れる事です。
「社会を良くしたい」と、同じ志の人たちが集まる、コミュニティを作るか、見つける事です。

その環境で、みな幸せに、みな学び、みな育ち、みなが影響力と情報の発信力を持つ。
その環境が、拡大していく。

この先に、社会の根本的な改善があると、僕は思っています。

ところで、話が合いそうですね!
メッセージでもコメントでも、質問でも相談でも、いつかまたコンタクトをとって頂けましたら幸いです!
(^^)

返信する
宮本創始

soraさん。追伸です。
メールをありがとうございます!
頂いたPCアドレスの方に返信いたしました。
ぜひ、繋がってまいりましょう(^^)

返信する
honoka

こんにちは。
ふと、千と千尋って何が言いたいんだろう?と突然気になり、こちらのブログを拝見しました。
すっと、頭に入ってきて、すごく納得できました。
わたしは現在、留学中で、また来年は就職活動をする学生です。やっと自分について、自分の内面について目を向ける時間が出来、自分って何だろう?何がしたいんだろう?今まで何をしてきたんだろう?と自分探しの迷子中です。
また、私の留学先は、日本の裏側にある国で、GDPなどの経済指標も日本と比べると「発展途上国」なのかもしれません。
でも、この国の人は、日本の人より幸せそうで、自己肯定感が高いようにわたしには思えます。そのような、異なる文化の中で、幸せって何だろう?と、貨幣の存在に不信感?のようなものも感じてきました。
正解がなくて、ずっと悩んでいたのですが、この記事や、他の記事も拝読し、考えを進めるヒントになり、少しスッキリしました。
長い文章になってしまいましたが、感謝の気持ちをお伝えしたくて、コメントさせていただきます。

返信する
宮本創始

honokaさん。
素敵なコメントをありがとうございます!励みになります。少しでもお力になれるよう、これからも記事を書きます!

自分探しの活動、とても良いと思います。
「私は誰で、何をしたい人か」。全ての人は自身のそれを見つけ、その人生を歩むべきだと思います。

結局、突き詰めれば「何が好きで、何が嫌いかが、自分」です。
要するに「自分は何をする事に、エネルギーが湧くのか、ワクワクするのか」という事です。
どうせなら、よりワクワクする人生の方向性を生きるべきだと、僕は思います。
その自分の人生の方向性を生きている状態が、幸せだと思います。

一般社会的には「お金できる限り稼いで安定する」という一つの方向だけを向かせようとしていますが、それだけではありません。
「人生の方向性」は、膨大な種類があります。

とは言え、人間は誰しも、知っていることしか知らないのです。
知らなければ、憧れる事も、目指す事が出来ません。

そこで、色んな人と出会い、人をよく見て「たくさんの人生の方向性を知る」という事が、大切です。
知って行く中で「これだ!」と憧れる、人生の方向性が見つかるはずです。

なので、honokaさんが今、留学によって、
場所を変え、環境を変え、居る人を変えているという事は、素晴らしい事だと思います。

きっと、色んな人に出会うと思います。
きっと、憧れる人生を生きている人にも出会うと思います。
そしたら「私は誰で、何をしたい人か」という事が、その憧れを通じて、分かると思います。

焦らずじっくりです。
一日一日、明るく楽しく生きるという事が一番です。
また何かありましたら、ぜひコメントでもメールでもして下さい(^^)

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みこ

はじめまして。
大学の授業で映画の作品分析をしていてこちらのサイトに辿りついたものです。
このサイトを最初に読んだとき、小さいときに見ていた映画はこんなに奥が深かったのだと改めて考えさせられました。
私も名前という自分の名札、肩書きに踊らされ、洗脳されて無理に納得して前に進んでしまっていたうちの一人でした。好きか嫌いかという二択で生きているだけなのにその中で多数の人の意見に流されしまう、人生とは難しいですね。
奪う人生ではなく与えられる人生を生きられるようになりたいものです。
サイトに感動して思い切って感想を書いてしまい、あまり文がまとまっていなくてすみません。
考えと価値観にとても感動し、共感しました。
これからもこのサイトが沢山の人の心に響きますように。

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宮本創始

みこさん

宮本です。心のこもったコメントを下さり、誠にありがとうございます!
本当に励みになります!!

おっしゃる通りです。
頑張って生きようとしているだけで、知らず知らず、社会に流されてしまいます。
そして、流されていくうちに「自分が本当に生きたい人生」から、遠ざかってしまいます。

やっぱり生まれて来た以上、『本当にやりたい事』を目一杯やっていきたいですよね。
それを目一杯やって、人を喜ばせて、与える事を優先する人生を生きる。こう生きていきたいと強く思います。

本当は、それが当たり前に出来る社会でなくてはいけません。
しかし、こんな社会である以上、本当にやりたい事をやるためには、学ぶ必要があるのです。
これからも僕は、僕がそのために学んで来た事をブログに書いて行きたいと思います。

加えて、こんな社会である以上、
ご自身の「本音」「本心」を発見し、見据え、表現する事がとても大切です。
そして、本音や本心を互いに引き出して語り合える「本物の話し相手」「本音で語れる環境」が必要なのだと、
最近強く思っています。

この社会では、本心よりも、表面を合わせる事が優先されてしまっています。それが原因となり様々な問題が解決に向かわず、そしてほとんどの人が「本当にやりたい事」を出来なくなってしまいます。

…そう思って、最近僕は「職業は、最高の話し相手です」と言うようにしています(笑)
そしてこれから、そういう環境を作るために動いています。

またぜひ、サイトに遊びに来て下さい(^^)

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てと

こんにちは!
このサイトはとても分かりやすく、千と千尋の神隠しについての謎が溶けて、大変スッキリしております!
いま、このページを観た上で千と千尋の神隠しを観ていたのですが、1つ疑問ができました。電車の運転手さんについてです。たしか、あの電車は自殺した人が乗る電車ですよね。
運転手さんも透けていた、つまりあの人も自殺をされたのでしょうか。終点についてしまったらあの人はどうなるのでしょうか?
とても気になっているのですが納得のいく考えが思い浮かびません…。
今ふと思ったのですが、カオナシが透けているのと、電車に乗っている方たちが透けているのは、なにか関係があるのでしょうか。
宮本さんの考えが知りたいです!
このサイトをみていて、改めて宮崎監督がひとつひとつの映画を大切に製作しておられるのだと感じました。その思いとじっくりと向き合っておられる宮本さんはすごいです!
わたしもメッセージを読み取ろうと思うのですが、情景描写などの読み取りが苦手で、頭がパンクしてしまいそうになります。
それができるようになったら、さらに映画鑑賞が楽しくなるのに、と思います。
今から、宮本さんの解釈をもとに、もののけ姫を観賞したいと思っております。
再び疑問ができましたら、質問をしたいと考えていますので、またお付き合い願います。
最後までお付き合いしていただき、ありがとうございました!

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宮本創始

てとさん。
ご丁寧なコメントを下さり、誠にありがとうございました!
大変励みになります!

てとさんから、「電車のシーン」についてのご質問を頂いて、
改めて僕もそのシーンについて、考察してみました。

ブログの記事ではスルーしてしまっていたシーンですが、
今思えば、このシーンもまた、とても印象深いですよね。何かメッセージが込められていると思います。

ここについて、あくまで僕の主観ですが、僕なりの解釈はあります!
ただ、少し文章が長くなってしまう事と、
検証するために、そのシーンの映像をもう一度見直したいので、もう少しだけ待っていて下さい。

準備が整い次第、ブログの記事に、「追記」という形でアップロードします。
その時はまた、コメントにてお知らせします。(^^)

はい、僕にとっても考え直すきっかけになり、なにより楽しいので、
何か疑問がありましたら、ぜひ教えてください(^^)
ありがとうございます!

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宮本創始

てとさん。
ご質問頂いた『千と千尋の神隠しの、電車のシーン』についての、記事を作成しました!
追記として書こうと思っていましたが、長くなってしまったので、新しいブログ記事として、更新しました。
ご期待に添えているか分かりませんが、1つの参考として、ぜひ読んでみて下さい(^^)
貴重なコメントを、ありがとうございました!

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